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5-4 体育祭(3)

 18,2017 14:57



「それでは、出陣!!」
体育祭のメイン種目の一つである背水の陣が開始された。
四つの団がボールを使って敵と戦い、陣地を奪い合う特殊ルールのドッジボール。
大将や副将などの役職があり、どんな戦略で臨むかはチーム次第だ。
その種目の面白さに全ての生徒の目が釘付けとなっている。
「うわ、すげぇパス回し。綾、どの団が勝つと思う?」
「今のところは…白かな」
どの団も一人ずつボールが当たっているが、白団にはまだ余裕が見られる。
それにしても去年より全体的にレベルが高い。
僕は青団のコートに目を向けた。
そこには必死にボールを避けている藍那の姿がある。
先程から藍那はボールを目で置いながらも、仲間の一人をチラチラと横目で気にしていた。
一年生の野原 心美。
後輩の心配ができるほどの余裕が、藍那にあるとは思えなかった。
となれば考えれる理由はただ一つ。
野原心美が、-染山莉那の妹。
野原は華奢な身体で必死にボールを避けているが、何処か危なっかしい。
そして彼女もまた、競技中だというのに他者― 染山莉那に意識が向いていた。
と、僕はふと白団側にあるボールに目を向けた。
白団の陣員である井上香澄ちゃんが、青団の方にボールを投球しようとしているのが見えた。
藍那はボールの所在が分からなくなったのか、キョロキョロとしていてそれに気づいていない。
危ない!
「屈んで!!!」
咄嗟に声が出た。
次の瞬間、藍那は唐突に屈んでボールを避けた。
ボールは藍那の真上、立っていたら背中の位置にあっただろう高さを通過した。
まさかこの歓声の中で僕の声が届いたはずがない。
おそらく屈んだのは偶然だったのだろうけれども、ほんと・・・危機一髪だった。
「集中だ!集中!」
青団大将の戸田 春樹が陣外より藍那達に向かって叫んだ。
各団の大将と副将2名の計3名は自陣の内野が2名以下になってからコートに入る。
まだ全ての団の大将と副将がコートの外で待機をしていた。
その中には勿論、青団副将の染山莉那もいる。
今の所、内野に6人もいる白が優勢で、次に4人の青、
押され気味なのが、大将副将の出陣を控える内野3人の赤と黄だ。
そして現在ボールは赤団のヨシが持っている。
「おらああああ!!」
ヨシは力任せに黄団にボールを投げた。
敵陣の大将を討ち取った団は、その敵のコートを獲得する。
陣地を序盤に広げることができた方が後半に圧倒的に優位になるのだ。
ヨシの渾身の一撃は、黄団の一年に見事にヒットした。
「っしゃあ!!」
内野が二人となった黄団の大将と副将が太鼓の音と共にコート内に入ってきた。
大将が討ち取られた時点で黄団は敗北だ。
そして大将を討ち取った団が、その陣地を奪うことができる。
他の三つの陣が、一斉に黄団に狙いを定めた。
黄団は集中砲火を浴び、白団によって大将が討ち取られた。
「強ぇー・・・白団」
近くで応援をしている同じ赤団の生徒が呟いた。
白団は黄団の陣地を獲得し、応援も含め士気が更に高まっている。
変わらず赤団は劣勢で、このままでは黄色の次に全滅してしまう。
と、自分の団の勝敗を杞憂したその時だった。
僕は思わず声を上げそうになった。
三つの団で奪い合っていたボールが、藍那の体に直撃していたのだ。


◇ ◇ ◇


個人的にはかなり頑張った方だったと思う。
自他とも認める鈍い運動神経。
おそらく私が生徒Aぐらいのポジションであったならば、
真っ先にボールが当たって、速攻で外野行きになっていたはずだ。
それでもなんとか中盤まで残ることができたのは、戸田&染山両先輩の鬼指導と・・・
外野から飛んできた言葉のおかげだ。
球陣は非常に盛り上がる種目だった。
周りからは多くの歓声や声援が聞こえてきて、
正直誰が誰に声をかけているのかも分からないほど賑やかだ。
そんな中聞こえた一つの声。
"「屈んで!」"
その声だけが何故か鮮明に聞こえてきた。
新倉君の声に似ていたように思う。
でも、きっと本人じゃない。
だって、新倉君は赤団で私は青団。別の団で敵同士だ。
ラビットメールの繋がりがあるとはいえ、こんな公共の場で私を応援するはずがない。
でも事実ボールは私の方に迫っていて、
その言葉に咄嗟に反応したおかげで、ボールに当たらずに済んだ。
まあ、そんな偶然は何度も起きはしなかったのだけれど。
私はボールが当たった左肘を軽くさすりながら、外野へと移動した。
白団の方から鋭いボールを私にぶつけたのは、同じクラスの井上香澄だった。
ボールを投げる瞬間の顔がとても怖かった。
あの顔を新倉君に見せたいぐらいだ。
「宮森、結構頑張ってたじゃん」
外野で、ボールの動きに注意をしながらも三年の先輩が私を激励してくれた。
私は素直に「ありがとうございます」と礼を言うと、内野の方に視線を向けた。
青団の内野は現在、私が当たったことにより残り二人。
同じ二年の谷川君と、― 野原さんだった。
そしてそのコートに、
「宮森、お前らの敵は私が討つからな」
大将の戸田先輩、副将の染山先輩と落合先輩が太鼓の音と共に入っていった。
ちょうど赤団も大将らが出陣することになり、赤と青は大将を含め内野が五人となった。
私は青団の内野を見つめる。
野原さん。
彼女はコートに入ってきた染山先輩をじっと見ていた。

「最後に、お姉ちゃんと一緒に同じ目標に向かって頑張ったり、笑ったりすることができて、
 それだけで僕は幸せで。そんな幸せな思い出を、もう壊したくない」

それだけで。
・・・それだけで?
本当にそうなの?もう十分なの?
すれ違っていた時間よりも、これからの未来の方がきっとたくさん時間はある。
例え、遠く離れてしまったとしても。
「俺、正直野原がここまで残るとは思いませんでした」
いつの間にか隣にいた一年の笹野君が小さな声で呟いた。
「同じ一年として練習で苦しんだ友達だから分かるんです、
 練習だって頑張ってた、だけどあそこまで真剣な・・・必死な表情は今までなかった」
私は試合中だと言うのに、笹野君の言葉に、
絶対にチームを勝たせようと躍起している野原さんの横顔に、
そして近くにいるとも知らず妹を探し続けている染山先輩の背中に、涙が出そうになった。
口を挟むことではないと分かっている。
分かっているけど、我慢ができなかった。
ただの私のエゴでいい、押し付けでいい。
だからどうか、諦めないで。
「・・・幸せな思い出は、壊れないから!!」
私は、気が付けば叫んでいた。
はっとして笹野さんがこちらを見た。
声援が大きく距離がある中、どれだけ彼女に伝わるかは分からない。
だけど叫ばずにはいられなかった。
「今ならまだ言葉が届く!!!だって傍にいるじゃないの!!!」
その私の言葉に反応をしたのは笹野さんだけではなかった。
驚いたような顔をして染山先輩が私の方を振り返った。
その瞬間。
私は、はっと気がつく。
染山先輩の気をこちらに向けてしまった。
その背後にボールが迫っているというのに。
どうしよう、当たってしまうー!!!!
そう思って染山先輩の名前を呼ぼうとした、その時だった。
ボールと染山先輩の間に影が入り込んだ。
まるで染山先輩を守るかのように手を広げた、その小さな背中は。
「お姉ちゃん、危ない―・・・!!」
野原さんが染山先輩を庇い、ボールに直撃した。


◆ ◆ ◆


宮森先輩の声がした。
幸せは思い出は壊れないから、と。
あれは試合前に僕が言った言葉を否定したものだった。
なぜこんな時に言うのだろう。
放っておいてくれと願っていたのに、何故。
でもそんな疑問は宮森先輩の表情を見て、困惑へと変わった。
泣きそうな、懇願するような宮森先輩の表情。
先輩。
駄目だよ。先輩、泣かないで。
僕はもう納得しているから。
これ以上を望んではいけないということを、知っているから。-でも。
「傍にいるじゃないの!!!」
その言葉に心が激しく揺さぶられた。
傍にいる。今、莉那先輩は確かに僕の傍にいる。
限られた時間の中で、僕は彼女と同じ空気の中にいる。
無意識に視線が莉那先輩の方に向いた、その時だった。
白団の陣員が放ったボールが一直線に先輩の方に向かっていくのが見えた。
スピードが速すぎる。今からボールに気づいたとしても、きっと間に合わない。
そう思ったら咄嗟に体が動いていた。
「お姉ちゃん!!」
先輩とボールの間に滑り込み、思いきり手を広げた。
そして訪れた腕の痛み。
関節に当たってしまったらしく、じんじんと痛む。
私はゆっくりとその場にしゃがみ込むと俯いた。
痛かったからじゃない。怖くて足がすくんでしまっていた。
どうしたらいいの。
私はさっき言ってしまった、「お姉ちゃん」と。
「大丈夫か?!酷い当てられ方はしてなかったように見えたが」
しゃがんだまま動かない私の傍に、駆け寄ってきた誰かが言った。
おそらく戸田先輩だ。
審判の先生も笛を吹いて試合を中止させると、私の方に向かってきて言った。
「野原、大丈夫か?動けないなら試合は棄権した方がいい」
頭上から振ってくる言葉に私はどうすることもできなかった。
顔を上げることができない、怖くて先輩の顔が見えない。
でも試合を・・・大切な試合を降りることも。
するとすぐ後ろで、とても穏やかな声がした。
「大丈夫ですよ、先生。こいつはこんなことではへこたれません。
 なんたって私の妹なんですから」
弾かれたように顔を上げて振り返った。
私を見下ろすように背後に立っていたのは、莉那先輩。
先輩 ― 姉はニヤリと笑って言った。
「・・・・・・やっと会えたのに、その面はねぇだろー心美」


◆ ◆ ◆


野原さんが染山先輩を身を挺して庇った。
そこからのやり取りは、外野にいる私には聞こえなかった。
だけど、しゃがみこんだ野原さんが染山先輩を見上げた時、零した涙は
きっと悲し涙ではなかった。
私は先輩達のやり取りを見ながら、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかったね、野原さん」



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