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2-4 笑顔に隠された大きな傷(1)

 13,2016 11:04



「今日の内に砂漠を抜け出せてよかったな」

4


デスワームに会った後の砂漠は比較的穏やかだった。
しばらく歩いていると、砂漠の果てが見えてきて、そこにあったのはやはり森だった。
夜が近い森はひっそりとしていた。
少し前に感じていた暑さが嘘のように、初冬の冷たい空気に包まれている。
「今日は更に冷えそうだな」
遠くに見える山の麓に一面の白い絨毯が見える。
あと数日もしたら、きっと此処にもそして城にも雪が降りてくるに違いない。
息を吐くと、空気が白く濁ってふわりと空へと広がった。
白。
ニックは先ほどから無言で静かに歩いてきた。
もしかしたら怪我が想像以上に痛むのかもしれない。
そっと抱き上げようとすると、ニックは軽く手で押し返してきて「大丈夫です」と小さな声で言った。
しかし私も今までにないほどの疲労を感じていた。
センリに励まされながら、ゆっくり歩いていると、しばらくして一つの洞窟が見えてきた。
「モーガニート鍾乳洞だ」


鍾乳洞の入り口は、人一人が通れるほどの狭いものだった。
外からの光があまり入らないためか、入り口付近は明るいものの、その奥は何も見えない。
「今日はここで過ごすの?」
不気味さを感じてセンリに聞けば、センリは優しく笑った。
「大丈夫。鍾乳洞には怖い生き物はほとんどいない・・・いても蝙蝠くらいだな。
ただあちこちに鍾乳石が突き出ているから気を付けろよ?」
「分かったわ。・・・センリはここに来たことがあるの?」
「昔、一度だけな。
ニルヴァーナが咲くと聞いて来てみたが、その時は見つからなかった」
ニルヴァーナ?
聞いたことない言葉に首をかしげると、今まで黙っていたニックが小さく答えた。
「ニルヴァーナ、穢れを不滅させる浄化の花。
効能は万能薬のように様々。止血や消炎、解熱、―それに解毒等に作用します」
「よく知っているな、ニック。使ったことがあるのか?」
「いえ、使ったことはないですよ、ただ聞いたことがあるだけです」
そう言うとニックは、小さく丸まった。
「・・・ねえ、ニック。体は本当に大丈夫なの?」
外傷はほとんどないものの、地面にあんな叩きつけられ方をしたのだ。
骨が折れていてもおかしくはない。
「本当に大丈夫です。ただ酷く疲れました。・・・少し眠らせてください」
そういうとニックは目を閉じた。
私とセンリは顔を見合わせたが何も言わず、とりあえず火元と食糧の確保を始めた。


火が小さな音を立てながら、穏やかに燃えている。
体を横にしながら私はそれをぼんやりと眺めていた。
鍾乳洞は私が思っていたよりも温かった。
センリにそれを言うと、「鍾乳洞は夏は涼しいが、冬は暖かいんだ」と教えてくれた。
ニックは深く眠ったようで、あれっきり小さく丸まったままだった。
明るくいつも会話を和ませてくれるニックが静かなのは、調子が狂う。
明日には疲れも癒えて、元気になってくれたらいいのだけれど。
そう思いながら私は横になった。
しかし疲労感はあるものの、なかなか寝付くことはできなかった。
おそらく昼間、あんな体験をしたからだろう。
でも明日に備えて少しでも休まないと、そう思って私は目を閉じた。
ぱちぱち。
しばらく火の音を聞きながら眠気が来るのを待っていると、唐突にガサッという音が聞こえてきた。
うっすらと瞼を開ける。
センリが体が起こしているのが見えた。
「・・・・・・」
センリは私に気づいていないのか背を向けたまま、物音を立てずにそっと鍾乳洞を出て行った。
そういえば数日前、夜中に目を覚ますとセンリの姿がなかった時があった。
あの時はただ目が覚めただけだと思っていた。
だけど、今日もということは・・・。
「センリ・・・?」
まさか。もしかして毎日、こうして起きているの?
心配になって起き上がると、センリがいなくなった方向を見つめてそっと立つ。
(俺かニックから離れたら駄目だ。いつこういう奴に襲われるか分からない)
一瞬、前に言われたセンリの言葉が頭の中で響いた。
すぐに見つかるのなら、それでいい。
だけどそうでないとしたら、自分で危険に飛び込んでいくようなものだ。
それに砂漠では自分の身も守れずに、二人を危ない目に合わせたのは私だ。
身に染みて分かった。もう軽率なことはできない。
追いかけない方がいい。
でも。本当にそれでいいの?
一度、火元で眠るニックを一瞥する。
ぎゅっと強く両手を握ると、私は鍾乳洞を出た。
「本当に私は浅ましいのかもしれないわ」
魔女に言われたことを思い出して、自分を嘲笑った。
理屈がどうこうではない。ただ単純に、センリの事が心配だった。


* * *


「― 王子って本当に優しくて強くて、どうしてそんなに素敵なの?」
「それを言うなら、君はどうしてそんなに素直で、愛らしいの?」
純粋な疑問を口にしてみれば、彼は少し目を丸くした後、何故か質問で返してきた。
自分が素直かどうかは分からない。
ただいつも思うままに行動したり話したりしているのを素直というなら、そうかもしれない。
だが愛らしいかと言われたら。
顔が赤くなっていくのが分かる。・・・恥ずかしい。
「・・・どうしてそんなこと言うの?」
「君がいつも率直に気持ちを伝えてくれるから、僕も見習ってみたんだよ」
彼は微笑むと、私に少し体の体重を預けてきた。
こつん、と頭が優しくぶつかる。
ふわりと彼の優しい匂いが鼻を掠めた。
「私、時々思うの。あなたは本当に周りの人も生き物も幸せにできる人、」
彼から将来の夢の話を聞いてから時々考えていた。
どんな命も大事にしたい、そのために立派な王になりたいと願う彼。
あまりに優しくて強い心。
私も今まで何度もその心に惹かれ、癒されてきた。
「そんなあなたと比べて、私は無力な人間だなって」
一緒にいればいるほど心は満たされるものの、
彼の傍に私はいていいの?という不安も時々抱かずにはいられなかった。
小さくそう言えば、珍しく強い口調で彼は言った。
「違うよ」
横に並んでいた彼が私の目の前に移動する。
真剣な瞳の彼と目が合う。
「優しいのは君もなんだよ。どうして無力だなんて思うの?僕はそうは思わない」
「だって・・・」
「あのね、君は気が付いていないかもしれないけど、
気づいていない君の優しい心が、いろんな誰かを助けているんだよ」
彼の両手が真直ぐ私へと伸びてくると、頬に添えられた。
「僕の心だって、いつも君に助けられている」
そういうと彼の表情が笑顔になり、柔らかくなった。
「覚えていて」
そして彼は続けて言った。

君がその純粋な心で本気で相手を思うのなら、必ずその思いは届く。
からっぽな心は満たされ、どんな傷でも必ず癒えていくはずだから、と。


* * *


「センリ」
鍾乳洞を出て五分程歩いたところで、その姿を見つけて私は声をかけた。
しかしすぐにセンリは振り返らなかった。
あの夜と同じように、空を仰いでいる。
曇りのない夜空には、もうそろそろ満ちるだろう十三夜月が輝いてた。
「センリ」
もう一度名前を呼べば、ゆっくりとセンリは顔を私の方に向けた。
「・・・オネット。どうしたんだ、眠れないのか?」
以前のように咎めることなく、困ったような微笑みを浮かべてそう言うセンリに少しの違和感を覚えた。
「ええ、眠れなくて。でもそれよりセンリ、あなたこそどうしたの?」
センリのすぐ傍まで歩いていく。
「そうだな。今日はワームやら色々とあったから、目が冴えているのかも」
それは確かにそうかもしれない。
死を深く感じた日だった。
だけど、だからここにセンリがいるのはそれとはまた別の話に思えた。
センリ。
「・・・本当にそれが理由?」
その私の言葉に少し驚いたようにセンリは無言で口を開く。
私はその様子を見ながら、更に追い打ちをかけた。
「あの日だけだと思っていたけど、もしかして毎日あんまり眠れていないんじゃないの?
何か悩みでもあるの・・・?」
実際見て気づいたわけじゃないから根拠はない。だけど、確信があった。
「何もないよ」
センリは顔を横に振る。その時に困ったように眉を下げ、私から目を逸らした。
数日間一緒にいて私は気づいていた。
これは、センリが何かを誤魔化す時にする仕草だ。
「センリ、辛そうな顔をしてる。何もないなんて、嘘よね」
今日砂漠で助けられて思った。
私は助けられるだけじゃない、大切な人を助けたい。
センリが苦しんでいるなら、私はそれをどうにかしてあげたい。
だからお願い肯定して。
そう思ったものの、センリは微笑んだまま顔を横に振った。
「それはオネットの勘違いだよ」
それは明らかな拒否だった。
どうして?出会ったばかりの私には言えない?
「今日は本当に大変だったよな。あんな巨体の奴と対峙したのは初めてだった」
「・・・センリ」
他人事じゃない。センリは私にとって大切な仲間だから。
「砂にのまれた時は、お前とニックが大丈夫かって気が気じゃなかったけど、」
「センリ」
お願い、そんな風に笑わないで。
「よく戦えたよな。意外と肝が座ってる…」
「センリっ!」
私は必死になって叫ぶと、センリの腕を掴んだ。
その瞬間、ビクッとセンリの体が跳ね上がったのが分かった。
センリの笑顔が、崩れた。
自分の足を見つめるように、どんどんと顔が俯いていく。
そしてぽつりと呟かれた声は、微かに震えていた。
「何で・・・?」
次に顔を上げた彼の瞳には、怒りと悲しみと諦めと、いろいろな感情が渦巻いていた。
初めてみた感情を剥き出しに余裕をなくしているセンリに、一瞬胸が苦しくなった。
今日身を挺して庇ってくれたセンリ、いつも助けてくれるセンリ、
私があなたにできることはないの?
「話して、センリ」
「・・・・・・無理だ」
センリは拒んだ。
そっとしておくのも優しさかもしれない。干渉しすぎない方がいいこともある。
でもそれであなたの問題は解決するの?そうは思えない。
「私がセンリにできることは何もないの?
いつも守ってもらってばかりのお姫様なんかになりたくない。
大切な人が悲しんでいるなら、困っているなら、助けてあげたいの。
それはあなたが私にしてくれたように」
そう。
一人でどうにかしようとするな、そう言ったのはあなたよ、センリ。
「強引なのは分かってる。だから私の我儘でいい、」
その時、あの時の彼の声が聞こえてきた。

” 君がその純粋な心で本気で相手を思うのなら”

「話してよ、センリ・・・!」

”必ずその思いは 届く。”

センリは真直ぐに私を見つめた。
草や木も眠る静寂の中、月が私たちを見守るように光を照らしている。
絡みあう視線。揺れる瞳に目を外さないでいると、センリはふと目を伏せた。
はっとしてセンリを見ると、次の瞬間にはセンリは笑っていた。
穏やかな自然な微笑みだった。
「脆いかと思えば自分の感情には素直で、後先考えないで飛び込んでいく」
「?」
「だけどそれは全部、お前の心が強くて・・・優しいからなんだな」
センリはそう言うと、もう一度月を眺めた。
「・・・まるで闇を照らす月と同じだ」
その言葉に胸をどきりとさせた私の手をセンリは掴んだ。
「お前には話してもいいかもしれない」
「!本当!?」
「だが・・・あとで聞かなければよかったなんて言うのは無しだぞ」
「言わないわ」
センリは私の言葉を聞いて安心したかのように息を吐き出した。
そして静かに語り始めた。
「アイナに奪われたのが母の形見のペンダントだってことは、前に話したよな?」
私は一つ頷く。
「小さいときの事はよく思い出せない。
ただ覚えているのは、母がすごく優しい人で、幼い俺は母が大好きだったということ。そして、」
悲痛な表情でセンリは言った。

「俺が、母親を見殺しにしたということ」

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