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2-5 無意識の中に育つ感情(1)

 19,2016 18:13



翌日珍しくセンリは朝になってもなかなか起きてこなかった。
ぐっすりと穏やかな表情で眠っているセンリを見て私は思わず微笑む。
一人でずっと抱えていた辛い過去。
昨日、話をしたことで少しでも悲しみが癒えてくれたらいい。

5

「センリさん、何かありましたか?」
朝食後、すっかり疲れが取れたらしいニックがセンリの顔を覗き込みながら言った。
「…そうだな。あったな」
「何ですか、その含みのある言い方はー」
少し離れた所で二人のやり取りを聞きながら、私は鍾乳洞から外を眺めていた。
最近、冬が近いせいからか天候の変動が激しい。
急に雨が降ることも多いし、天気には気をつけておいた方がいいかもしれない。
そんなことを思っていると。
「オネットさーん!」
「…え?」
名前に反応して振り返れば、ニックが不機嫌そうな顔をしていた。
頬がぷくっと膨らんでいる。
「今日のセンリさん、昨日の夜のセンリさんとは何か違うんですよ。
珍しくお寝坊さんでしたし。
絶対に何かあったと思うんですけど、オネットさんはどう思います?」
昨晩のことを思い出しながらも、私はわざと首をかしげてみた。
「んー…どうかな?」
ニックになら、あの話をしてもいいのではないだろうか。
そう思いながらも、勿論私が勝手にしていい話ではないので言葉を濁した。
すると、ニックは更に顔の頬を膨らませて言った
「その様子・・・オネットさんは知ってますね?
ぼくだけのけ者ですか。獣だからですか、喋る兎だからですか」
軽く足で地面を蹴りながら怒る姿に思わず私は笑った。
どうしよう、可愛い。
「のけ者だなんて、そんなことあるわけないじゃない。
ただ私からは・・・簡単にセンリの悩― 「悩み…?」…!」
思わず私は手で口を押さえた。
いけない、口が滑った。
しかしニックはそんな私の様子は気にも留めず、センリの方を振り返ると目を細めた。
「・・・悩みなんてあるようには見えなかったですけどね」
「そうね…」
いつも冷静沈着なセンリ。
落ち着いていて穏やかで- そんな彼が辛い過去を持っているなんて、
昨晩彼を追って話を聞かなければ、私だってきっと知らないままだった。
ペンダントを取り返したい、そう願う気持ちには
私が想像していた以上の悲痛な思いがあった。
魔女を追いかけなくてはいけない、そう強く願うのは私も彼も一緒なのだ。
ニックが静かに言った。
「悲しみや苦しみは心を傷つける。
だけどその痛みによって前に進めている。皮肉ですがそれもまた真実なんでしょう」
私たちの視線に気が付いたセンリが、支度していた手を止めてこちらを向いた。
何を見ているんだ?
そんなような顔をした後、センリは言った。
「おい、もうすぐ出るぞ」
それに頷くと私は屈んでニックの顔を覗き込んだ。
「そういえばニック、本当に元気になった?まだ傷が痛むんでしょう?」
「いえ、軽い打撲程度なので大丈夫です。
それにあれはオネットさんのせいではないですよ。ぼくが勝手にしたことですから。
心配してくださってありがとうございます、…あなたは優しい人ですね」
ニックの丸い目が私を見上げる。
その瞳が、何故か切なそうに揺れているのに気づいた。
どうしたの?そう問いかける前に、ニックは私から目線を外した。
それが不自然に思え、私は聞いた。
「ニックにも悩みがあるの?」
白い小さな背中は振り向かなかった。返ってきたのはただ一言だけ。
「何もないですよ」
あの時のセンリと同じように、優しく私を拒んだ。


* * *


「わあ・・・綺麗・・・・・・!!」
鍾乳洞を後にして、再び森の中を歩いている内に草原のような場所へたどり着いた。
その場所には青々とした草と一緒に、色取り取りの花が咲いていた。
甘い香りと優しく揺れる花びら、それらに心が惹きつけられる。
森の中にいたというのに、しばらくこんな風景を見ていなかった気がする。
目を閉じれば春のような暖かな風を感じた。
・・・春?
そういえば、今の季節にこんな花が咲くなんておかしい。
「センリ、ニック・・・この場所は?」
「この場所はおそらく、魔女-…アイナの庭ですよ」
ニックがそう答えた。
「そうだな。この場所は本来は城の中にある、アイナの庭だ」
それがどうして此処にあるのかは、もう考えなくても分かった。
きっと季節のずれもそうだ、全てはアイナさんの仕業に違いない。
でもそれらとは別に-腑に落ちないことがあった。
「魔女の庭・・・」
花や草は、とても丁寧に手入れがされている。
本当にあの魔女が…これらを育てたのだろうか?
ぼんやりと花畑を眺めているとひらひらと蝶が飛んできて、私の手に止まった。
心地よさそうに羽を動かしている。
「…懐かしいな」
ぽつり、とセンリが横で呟いた。
「センリも城にいた時は、アイナさんとこうして一緒に花を眺めていたの?」
「そうだな…。それに小さい頃から、俺はあそこにいたから」
「それも不思議な話よね…」
昨晩の話だと、昔センリはどこかの国の戦争か暴投に巻き込まれたらしい。
そして逃げ延びて・・・行き着いた先が魔女のところだった?
ペンダントを奪われたから今は離れているけれど、
そうでなかったらきっとまだ一緒に過ごしていたのかもしれない。
そう思うと何だか心にひっかかる感じがした。
この感情は何だろう。もやもやする。
私は魔女とセンリの繋がりを、認めたくないのだろうか。
…だけど何故今になって?
「オネット、ニック…セイカソウの花を積もう。
セイカソウの蜜は栄養価が高い。きっと昼の食事に使える」
センリの言葉にニックは一度頷いたが、あ!と声を上げると来た道の方に視線を向けた。
「すみません、少しだけぼく、別行動を取ってもいいですか?
あと紐とナイフを貸して頂きたいんですが…」
「…何に使うんだ?」
「来る途中に美味しそうな”兎”を見つけたんですよ。 ぼく、捕まえてきます」
考え事をしていた私は、突然聞こえてきた言葉に驚いて思わずニックを見る。
ちょっと待って、ニック。
兎?今あなた兎って言った?
「分かった。それなら、セイカソウは俺とオネットで摘んでおく」
「分かりました!それでは行ってきます」
ナイフを紐で巻いたものを口に咥え、ニックは来た道を戻り始めた。
センリは気にした様子はないけれど・・・兎が兎を食べるというのはどうなんだろうか。
「自然の中で生きるって過酷なのね」
ニックの後ろ姿を見て私は呟いた。
さておき。
「…オネット、これがセイカソウだ」
センリは一つ花を取ると私に見せてきた。
陽だまりのような優しい黄色の花だった。
近くを見回すと、点々と幾つか咲いているのが分かる。
小さくも可憐な花。せっかく綺麗な花を咲かせたのに、- ごめんなさい。
そう思いながら、一番近くに咲いていたセイカソウをそっと詰んだ。
次に見つけたセイカソウは、私とセンリの間に咲いていた。
私はその花を摘もうと手を伸ばした -ところでセンリの手とぶつかった。
センリも同じ花を取ろうとしていたらしい。
タイミングが良いといえばいいのか、悪いといえばいいのか。
「……」
一瞬の沈黙の後、センリは私に言った。
「お前の手、白くて綺麗だよな」
「…え!?…そうかしら」
まさかそんなことを言われると思わず、私は俯く。
顔が熱くなるのを感じた。
センリにそんなことを言われると、どう返していいか分からない。
それに急な言葉でびっくりしたからだろうか、胸がドキドキとうるさい。
私はぎゅっと自分の手を握ると、動揺を気づかれないようにそっと話を変えた。
「センリ、」
「ん?」
センリは視線を花に落としながら相槌を打った。
「センリは、魔女ー…アイナさんと幼馴染なのよね?」
「ああ、そうだけど」
思えば、彼女についてセンリからはあまり話を聞いたことがなかったかもしれない。
そこで私はセンリに聞いた。ほんの興味本位だった。
「前にニックに聞いた時は、ニックはアイナさんのことを悲しい人って言っていた。
それならセンリが知っているアイナさんはどんな人だったの?」
私にとって彼女は怖い人という印象しかない。
ニックが彼女の何を見てきて悲しい人と言うかは分からないが、その言葉にも納得はできた。
けれど、
「・・・優しい奴だと思う」
センリの言葉をすぐに受け止めることはできなかった。
驚いて思わずセンリを見つめれば、センリは困ったように私を見返した。
「優しい?あなたの大事にしていたペンダントを奪ったのに?」
「ああ。だが、あれを奪われる前まで、あいつは確かに優しい女の子だった。
だからこそ俺も戸惑っている、今も」
私は目の前に咲く花達を眺める。
愛情がないと育たないような、繊細な花ばかりだ。
アイナさんは優しい人・・・?
だけどそんなに簡単には信じられない。
セイカソウを摘みながら私は言った。
「・・・サーヴァリアの森は恐ろしいってセンリ言ってたよね?
それはアイナさんがいるからじゃないの?」
センリは静かに顔を振った。
「いや、本当に恐れるべきはあいつの母親のロキサニーだ」
「アイナさんのお母さん?一体何をしたの?」
恐る恐る聞けば、センリは言った。
「呪殺だよ。あの女はサーヴァリア森を訪れた人間を次々と呪い殺していった」
私の手にいっぱいになったセイカソウは、その言葉に手から零れ落ちた。
呪殺…なんて恐ろしいことをするのだろう。
「ロキサニーにも言い分はあったらしい。
元は人間がロキサニーを騙し、サーヴァリアの森を支配しようと企んだことが事の発端だった。
激怒したロキサニーはそれ以来、人間に対して復讐を始めた」
「人を殺す魔法があるの・・・?」
「あるにはある。ただその魔法を使えば術者も同時に死んでしまう。
ロキサニーは復讐に自分の命をかけはしなかった。
だがその魔法がなくてもロキサニーは呪殺をやり遂げた。
人間の心理をついた"願望反射"の魔法によってな」


- 女は狂ったように笑いながら叫ぶ。

私の存在が怖いなら消えろ、と願えばいい
私を傷つけたいのなら、そう願えばいい
そうだ早く願ってしまえ
その醜い願望が全て自分にふりかかることも知らないうちに、さあ早く



「ロキサニーの目が恐ろしいと思った者は、目が腐るようにと願った。
そしてその願いの通り、二度とロキサニーの目を見ることはなくなった」
自分の目が腐敗したからだ、とセンリは続けた。
「…口を願ったものは口を、手を願ったものは手を、
ロキサニーを傷つけようとしたものは全て願望の反射により己の身にそれがふりかかった」
魔女はただ眺めているだけ。
人間の醜さにおぞましさに、ただ微笑んでいるだけ。
「恐ろしい。…そんな恐ろしい魔女の傍にあなたはいたの?」
「ああ。だけど、ロキサニーは森に住む生き物には寛大だった。
アイナを心から愛していたし、俺に対しても十分過ぎるほど手をかけてくれた。
でも俺はあの女は好きにはなれなかった」
私はばら撒いてしまったセイカソウをもう一度手に取る。
あの女は?好きに?
・・・・・・・・。
「それならアイナさんのことは好き?」
「………は?」
センリが驚いた声を出して私を見た。
その声に、私もあれ?と気づく。
なんで私はこんなことを聞いているんだろう。
今センリが話しているのは、こんなことではなかったのに。
「……どういう意味だ?」
「えっと、ごめんなさい。なんでもない。なんとなく聞いてみただけ」
慌ててそういうと、不思議そうに首をかしげセンリは「そうか」と言った。
私は思わず俯き、地面を見つめる。
「……?」
そしてその後、二人とも無言でセイカソウを摘んでいるところにニックが帰ってきた。
何処か気まずさを感じていたので、ニックの存在にほっと安堵する。しかし、
「ただいまです。ほら見てください、美味しそうでしょう」
縄で自分と似たような、
というより同じ生物を捕まえて引きずってくる姿に私は戸惑いを覚えるばかりだった。

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