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2-5 無意識の中に育つ感情(2)

 19,2016 20:26



「…寒い」
沢山積んだセイカソウとニックが獲ってきた兎は、
別々に袋に入れてセンリが持つと、私たちは先を急いだ。
あんなにも魔女の庭は暖かかったというのに、今は北から吹く風がとても冷たい。
体が急に冷えて私は身震いをした。
「オネット、これ」
私が震えているのに気づいたのか、センリは羽織っていた服を脱ぐと私に差し出した。
着ろ、ということらしい。
「でもセンリが風邪をひいてしまうわ」
「大丈夫だよ。寒さには強い方だ」
センリはそう言うと、前から私に上着をかけた。
暖かい。袖口を鼻に近づけるとふわりとセンリの匂いがした。
私は素直にセンリにお礼を言うと、今度は視線を足元に向けた。
そこには先程の私と同じように小刻みに震えているニックがいた。
「・・・ニック、大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ。寒くなんか、ないですよ」
「震えているじゃない。寒いんでしょう?」
「ぼくは兎ですよ。ふわふわの兎ですよ?寒いわけな・・・わっ」
得意気に言って見せるニックの体をそっと持ち上げると、驚いたようにニックが声を上げた。
相変わらずのふわふわとした毛並みが心地いい。
だけど、触れればそれは風で冷え切っているのが分かった。
「ほらやっぱり冷たい。無理しないで」
「いえ、無理なんか」
強がっているのに気づかれたくなかったのか、ニックは罰が悪そうに大人しくなった。
その体を私はそっと優しく抱きしめる。
「・・・少しだけど、温かくなってきたかしら」
「ありがとうございます、もう大丈夫ですよ。さぁ離しましょうね、オネットさん」
その言葉に少し笑って私は「駄目」と言えばニックが一つため息をついた。
「はぁ・・・」
そんな私たちのやり取りを、センリは黙って聞いていた。
しかし、
「ぼくだって男なんですよ?オネットさん」
ニックのその一言に、センリは私達をべりっと引き離した。


まだ夜まで大分時間がありそうだ、というところで空が急に暗くなった。
真っ黒の雲が空を覆い、やがてぽつぽつと雨が降ってきた。
私たちは周囲で一番大きな大樹の下へと走った。
雷が鳴れば危ないが、雨だけならばここで凌げるだろう。
「今日はもうこれ以上は進めないかもしれないな」
「ええ・・・そうね」
「通り雨だとは思いますが。とりあえず休憩しましょうよ」
枝に布を張り、火が雨で消えないようにすると、そっと地面に腰を下ろした。
火の傍にいれば大丈夫だが、少しでも離れると肌を刺すような寒さだ。
すぐに止むと思っていた雨は、次第にどんどん強まっていった。


* * *


その夜、雨は止むことを知らず降り続いた。
雨音がどうも気になって眠れずにいる私と対照的に、
流石というべきか、ニックだけはすやすやと丸いお腹を上に向けて眠っている。
センリが私の様子に気づいて横に来ると、そっと腰を下ろした。
「こうしてみるとニックもただの兎だな」
「そうね。可愛いわ」
「あのさ・・・昼間、アイナのことが好きかどうか聞いてきたよな」
胸がどきりと跳ねた。
まさかあの話を蒸し返されるとは思っていなかった。
私はただ無言で頷いてセンリの言葉を待った。
センリは雨を見つめたままぽつりと呟いた。
「考えていたんだけど、俺はアイナのことが好きだと思う」
「・・・うん」
「だけど、それは幼馴染としてというか、人間としてというか。
どういう意味でお前が聞いてきたかは分からないけど、もし恋愛感情で-ということなら違う」
「そうなの・・・」
そう答えながら、私は自分の中に違和感を感じて俯いた。
・・・あれ?どうしてほっとしているの、私?
訳も分からず、首を傾げているとセンリが言った。
「ところで」
再び顔を上げると、センリと目が合った。
優しい表情だが、その瞳はなぜか真剣な眼差しをしている。
「・・・オネットは王子のどこが好きなんだ?」
王子のどこが好きか?
センリがなぜそんな質問をしてきたのか分からなかったが、
どこが好きかと問われれば、それに対する明確な答えはあった。
「・・・優しくて、そして心が強いところ」
幼い頃の私は、何度彼の優しさに救われたか分からない。
皆は私のことをオネットと呼ぶ。素直で正直者だから、と。
でもそれは、もしかして彼に出会ったからかもしれない。
王子が私に、心のままに、真直ぐに生きることを教えてくれた。
「彼がいなければ、今の私はいなかった。
だから本当に-…かけがえのない大切な人なの」
これ以上の人はいないと言うくらいに。
センリは私の話を黙って聞いていた。そしてしばらくしてから一つ頷くと笑った。
「大丈夫、もう一度ちゃんと気持ちを伝えればきっと届く。
魔女のところまで、必ず俺が連れて行ってやるから」
その笑顔がとても優しくて、私は嬉しくなって頷いた。
火と雨の相反するそれぞれの音が交じり合って森の中に響く。
私とセンリは眠りにつくまで、他愛もない話をして過ごした。


朝起きると、雨雲はもう跡形もなく消えていた。
水色の空にはぽっかりと一つだけ白い雲が浮び、なぜかそれが少し寂しそうに見えた。
「おはようオネット」
「おはよう、センリ、ニック」
そして静かに始まった。

― とても悲しい一日が。

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