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2-6 告白(3)

 20,2016 11:50



殺すなら今晩だと思った。
それがどうしてかは、彼女の姿を見れば分かる。
あの森で何が起きたか彼女は語らなかった。
だけど分かった。きっと知ってしまったんだろう、― 裏切り者のことを。
「・・・・・・」
眠っている彼女を見下ろせば、綺麗な睫が見えた。
その顔色は血の気が引いて蒼白い。
彼女はぐっすりと眠っていた。
そう、昨日の夜のスープに入れておいた睡眠薬のおかげで。
強い催眠効果がある、そうは知っていても起きないようにと息を殺し、鞄の中を漁った。
そこには袋に入れられた、デスワームの牙があった。
猛毒のそれを慎重に掴むと、彼女の腕へとあてがう。
無意識に首ではなく腕にしたのは、自分の中にあったせめてもの情けなのかもしれない。

"これは、あなたが幸せになる旅でもあるのよ"

「君が・・・」
それ以上先を言うことは自分には許されていない、そう思って口を噤むと覚悟を決めた。
後戻りはできない。しない。
そしてデスワームの牙を一度空中へと突き立てる。そして。
いきおいよく彼女の腕に振り下ろした。
「・・・・・・ははっ」
乾いた笑いが口から零れてくる。苦しげに眉に皺を寄せた彼女を見てただ笑った。
ああ、やっと。
どうしてか彼女の姿がゆっくりと歪んでいく。
それで自分が泣いているのに気が付いた。
「・・・っ」
ぼくは、声を殺して泣いた。
君が君じゃなかったらよかったのに。

― "ニック"

ぼくの名前を呼んだ君の笑顔が遠い。




月が隠れる長く暗い夜が過ぎ、― そして朝が来た。
布団の中に突っ込んでいた顔をそっと出す。
とても空気が冷たい。火はほとんど消えていた。隣でセンリさんがまだ寝ている。
ぼくは、はっと気が付き起き上がった。
彼女は―・・・?
そう思い、彼女の姿を探したぼくは驚愕した。
「ニック?早いのね・・・おはよう」
ぼくが起きたのに気が付いたのか彼女は上半身を起こし、目を擦っている。
いつもと違うのは擦っている目が、昨日泣いたためだろう少し腫れていることだけだった。
愕然として言葉が出ない。
そんなはずはない。
昨日の夜中、ぼくは彼女にデスワームの牙 ― 猛毒の牙を刺したはずだ。
なのに何でこんなに何事もなかったのような。何故。
「・・・どうしたのニック、様子がおかしいわ」
突然、ぼくを見ていた彼女の表情が強張った。
空気が張り詰めたのが分かった。
ぼくの頭の中は、理解のできない疑問がぐるぐると回っている。
「ニック・・・」
彼女がぼくを怯えたように見つめた。
なぜ。なぜ。なぜ、彼女は―・・・。
そしてぼくは、はっと気が付いた。心臓が冷えていく。
目の前で眠っている彼 -センリさん。
昨日ぼくの隣に寝ていたのはオネットさんだったはずだ、何故センリさんが此処に。
「まさか・・・」
センリさんはそっと閉じていた瞼を開けると、青白い顔をぼくに向けて言った。
「・・・残念だったな、ニック」
その言葉で頭に過った一つの可能性が確信へと変わった。
― 彼女とセンリさんは、入れ替わっていた!?
「センリ、どうしてこんなに顔色が・・・」
彼女はまだ状況を上手く理解できていないらしい。
しかしセンリさんの様子を驚いて見つめると、ぼくの方に視線を向けた。
その視線が、酷く痛い。
「ニック、まさかあなたが?何を…」
ぼくは大きく息を吐いた。
もうこうなってしまったら取り繕う必要もない。
どうせばれてしまうことには変わりなかったのだから。
「毒を盛ったんですよ」
オネットさんは小さな悲鳴を上げて手で口を押さえた。
「ただ、ぼくはセンリさんではなくオネットさん、あなたにそうするつもりだったんですけどね。
一体どういうカラクリですか?センリさん」
確かに昨日、ぼくは彼女の細い腕にワームの牙を刺した。
それは間違いない。どうして入れ替わりなどできたのだろう。
センリさんは、酷く掠れた苦しそうな声で言った。しかしその口元は吊り上っている。
「俺をオネットの姿に、オネットを俺の姿に変えた…それだけだ」
「・・・あなたのその魔法は複数を対象にするのは不可能だったのでは?」
昨日、道に迷った時にセンリさん自身が言っていたのを覚えている。
あれが本当なら…、そう思ったところで僕は気がつく。
センリさんは言った。
「嘘だよ、お前に気が付かれないために嘘をついた」
嘘。
成程、と納得がいったと同時に引っかかった。
あの森で別行動をした時、彼女は何らかの方法で裏切り者の存在を知った。
そしてその後、センリさんにその話をしたことは間違いない。
それならば。別行動の前にセンリさんがぼくに嘘をついたのはどうしてなのか。
……。
ああ、と僕は声を漏らした。
この人は ―・・・どこまで。
「センリさん、いつぼくが裏切っていることに気づいたんです?」
そう訊ねれば、驚く返答が返ってきた。
「最初からだよ、ニック」
「…最初から?」
センリさんは無理やり体を起こして、ふらふらとした力の入らない腕で自身の体を支えた。
毒が効いているのだろう。
この分ではあと数時間も経てば、全身に毒がまわり、死は免れない。
「お前は俺たちと会ったあの日、
オネットのことを、あまのじゃくな"姫"になったと言ったな?
だけどお前はそんなことを言えるはずがないんだ。
オネットは・・・お前に自分を姫だと話してはいなかったから!」
振り返ってみるが、そんな些細な会話までは思い出せなかった。
しかしそのような会話をしたことを何となくは覚えている。
本当に最初、ではないか。
「・・・それならなぜ黙っていたんですか?
なぜ知らないふりをしてぼくを仲間に入れたんですか?
危険だと分かりながら……ああ、危険だから目に入るところに置いておきたかったって
そういうことですか?」
「違う」
「…それならなぜ」
「お前を。お前を信じたかったからだよ!ニック!」
「…!?」
「オネットと一緒にいる時、お前は本当に穏やかに見えた。
だからそのまま何もなければいいと思っていた。
だけど何でだよニック。俺の目にはお前はオネットを嫌っているようには見えなかった!
何でなんだよ!」
ああ、うるさい。うるさいうるさいうるさい!
そんなに叫ばないで下さいよ。
「話したところで、理解できますか?あなた方に」
ぼくは絶望しそうだった。
ああ、大失敗だ。
彼女は死ななかった。そして代わりに彼が死ぬ。これではまるで意味がない。
・・・何のために、一体ぼくは!
「早く解毒しないと死にますよ」
ぼくは吐き捨てるようにそう言うと身を翻した。
もうあなたたちと一緒にはいられない。早く離れなくてはいけない、早く!
すると後ろから悲痛な叫び声が聞こえた。
「待って、行かないで。・・・ニック!」
彼女の言葉を聞いて、ぼくはそっと腕をぎゅっと握った。
行かないで?
この期に及んでそんな残酷な優しさをあなたをぼくにくれようとするんですか。
でも遅いんですよ、何もかも。
時間は戻せないってあなたも知っているじゃないですか。
そう、どんなに望んだとしても。


◇ ◇ ◇


「今まで隠して、ごめん」
昨晩。そう言ったセンリはとても辛そうな表情をしていた。
彼の腕の中で、私はそっと彼の言葉を待った。そして。
「・・・ニックは、俺たちを騙している。
最悪、命を狙っているといってもいいかもしれない。そしてそれを俺は知っていた」
ぎゅっと強く抱きしめられる体。
そうでもされないときっと私は消えていたかもしれない。
それほどまでに、あまりにも過酷な真実は私を追い詰めていた
「もしかして、ただの俺の勘違いかと思った。
気が付かないふりをして一緒に過ごせばあいつの中の何かが変わるかもしれない。そう思った」
でも、とセンリは言った。
その声が微かに震えている。
ああ。私だけじゃない、センリも辛いんだ。そう思うと余計に涙が溢れてきた。
「― あいつは覚悟を決めている」


ニックは振り返ることなく、私達から離れた。
本当はどうしても引き留めたかった。例え私を殺そうとしていたとしても。
しかしセンリから離れるわけにはいかなかった。
「・・・っぐ・・・はっ・・・!」
「センリ・・・!!」
額に酷い汗をかき、センリは背中を丸めてのた打ち回る。
毒が体を回っているんだ。一体、どうすれば・・・。
ふと鞄が目に入り、手に取ると逆さまにして強く振った。何かないだろうか、何か。
出てきたものに、解毒剤と思われる薬が見つかった。小さな黄色の粒だった。
「センリ、飲める・・・!?」
首の後ろに手を入れ、少しだけ上半身を起こすと口の中にそれを入れる。
水をそっと口に流し込むと、センリは苦しそうな顔をしてゴクンとそれを飲みこんだ。
これがどれだけの効果を出してくれるかは分からない。
だけど、何もしないよりマシだ。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・」
青白かった顔は次第に赤さを増してきた。
熱が異常なまでに上がっている。
荒い息のするセンリを再び横にすると、私は布を口で引きちぎり、水につけた。
それをセンリの額にそっと載せる。
「このままじゃまずいわ・・・」
私のために、私の身代わりとなってこんなにセンリは苦しんでいる。
胸が痛んで、張り裂けそうだった。
どうして。自分が命を落とすかもしれないのに!
どうしてまた庇ったの!
「センリっ・・・!」
絶対に助けなきゃ。何か方法を。
いつもセンリやニックに頼りっぱなしだった自分、なんて情けないんだろう。
だけど今センリを救えるのは自分しかいない。
私は焦りながらも必死で考えた。考えて考えて、そして。
頭に浮かんだ、一つの花。
はっと気が付いて私は立ち上がった。
「センリ、待ってて・・・今、持ってくるわ!」
そう、ニルヴァーナを。
私はセンリに布団を被せると、走り出した。
向かう先は、二日前に過ごしたあの場所 ― モーガニート鍾乳洞だった。

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