FC2ブログ

2-7 ニルヴァーナを君に(1)

 20,2016 11:54



"ニルヴァーナ、穢れを不滅させる浄化の花。
効能は万能薬のように様々。止血や消炎、解熱、―それに解毒等に作用します"

6

私は走っていた。ただ前を向いてひたすら来た道を走っていた。
呼吸が苦しくてもこの足を止めることはできない。
一秒でも早く着かなくてはいけなかった。
モーガニート鍾乳洞。
あれは二日前の夜に過ごした場所だ。
二日、と言っても一昨日は雨が降って足止めをされていたし、
また昨日は迷宮化したミーアの森を彷徨っていたため、鍾乳洞まではさほど距離はない。
しかし、ニルヴァーナ、その花が洞窟の何処にあるかも分からない上、
本当に存在しているかも定かでないのだ。
不安ばかりが押し寄せてくる。
「大丈夫だから、センリは絶対大丈夫だから…」
なんとか気持ちを奮い立たせ、
私はミーアに出会った森を越え、魔女の庭を通り、そしてようやうモーガニート鍾乳洞へと辿り着いた。
乱れた呼吸を少し落ち着かせると、暗い鍾乳洞の奥へと目を向ける。
「・・・行かなきゃ・・・」
入り口が曲がっているために、中に入ってしばらくするとが暗闇で何も見えなくなった。
来る途中で拾った大樹の枝に布を被せ、そこにマッチで火を灯す。
灯りは小さかったが光は壁に反射し、十分前に進めるぐらいに明るくなった。
私は鍾乳洞の中をゆっくりと歩き始めた。
足場は悪く、でこぼことしていてとても歩きにくい。
そっと一歩ずつ進めば、足音が洞窟の中に響く。
「・・・痛っ」
でこぼこした床に気を取られていると、上から釣り下がった鍾乳石に頭をぶつけてしまった。
打ったところが痛み、思わず手で触れる。
慎重に進まないと。
そう反省して、手で壁を伝いながら足を進める。
途中バサバサバサと急に何かが羽ばたくような音が聞こえ、
恐る恐る頭上を見れば、黒い影が幾つも天井でぶら下がり揺れていた。
そしてそれは私の存在に気が付くと、私に向かって飛んできた。蝙蝠だった。
「きゃっ・・・!」
思わずしゃがみこみ、体を丸くして頭を手で覆った。
無数の蝙蝠の羽が体に鋭くぶつかってくる。
それに耐えながらそっと後ろを向くと、蝙蝠達が外へとまっすぐ飛んでいくのが見えた。
怖がっていてはいけない。
蝙蝠の群れが飛び去っていたのを確認し、私は拳を握り前を見た。
ごつごつとした足場は次第に湿り気を帯び、やがて水で覆われた。
「靴に滲みてきたわ・・・」
足の指先が冷え、感覚が鈍くなってきたのが分かる。
分岐点は一箇所、二つ枝分かれした場所しかなかった。
私は直感で左の穴を選び、進んだ。
そしてしばらく歩いた先、
「ニルヴァーナ…」
探していたそれを私はやっと見つけた。



◇ ◇ ◇


「・・・これは由々しき事態だ。何故だ、何故誰も姫様を見つけられんのだ!!」
大臣が怒鳴るように、叫んだ。
城の者はみんなそれを息を飲んで見つめていた。中には泣いている者もいた。
レヴァンズは両手を合わせて握ると、祈るように額に押し当てた。
誰も何も言えなかった。
彼だけでない、そこにいる全ての者が彼女の安否を心配していた。
そう。オネット姫の心配を。
もう彼女がいなくなってから十日ほど経っているというのに、
その消息はつかめず、城に入ってくる情報は金欲しさの出鱈目なものばかりであった。
「五日後には、誕生祭も催されるというのに」
誰かがそう言った。
本来ならばこの事態で誕生祭など気に掛けるべき事ではない。
しかし、今年の誕生祭は違った。特別だった。
そう、絶対に開催されなければいけない。
「しかしっ・・・」
何度目か分からない苦言を吐いたその時だった。
一人の若い女官が慌てて、大臣達の部屋へと走りこんできた。
「レヴァンス大臣・・・!」
「一体何事だ・・・」
女官は息を切らして、部屋の外に手のひらを向ける。
思わず大臣達はそちらへと視線と向け、そして目を見張った。
「これは・・・っ!」
女官はやっと息を整わせ、言った。
「ナオリオ国、第一王子・・・イズミ様です!」
部屋の中をマントを揺らしながら現れたのは、
カナリア色の髪をした、誰もが息をのむほどの美しい青年、イズミ=ナオリオだった。
イズミは部屋の注目を一斉に浴びたまま、レヴァンスに向けて言った。
「やはり、彼女がいなくなったというのは本当でしたか」
その言葉にレヴァンスは頷くこともできず、ただイズミを見つめた。
「・・・僕は彼女がいなくなった理由に、心当たりがあります」
「?!なんと・・・!何故貴方様が」
「それは言えません。でも、」
イズミは少し目を細めて、とても通る声で言った。
「姫は僕が必ず連れてきます。…ただそのかわり、約束してください」
「約束・・・?約束とは?」
真剣な目をしてイズミは低い声で言った。
「― 誕生祭は必ず行うと」
驚いたようにその部屋にいる大臣共、そしてレヴァンスはイズミを見ると深々と頭を下げた。
「勿論ですぞ!それは私共の願いでもあるのです・・・!」
彼女が帰ってくることも、誕生祭が開かれることも、ここに望まない者はいなかった。
レヴァンスは涙を零しながら、イズミに懇願した。
どうか姫様を救ってください、彼女は私達の希望だから、と。
「・・・分かりました」
イズミは大臣達の言葉を聞くと頷き、微かに笑みを浮かべると静かに部屋を出た。


◇ ◇ ◇


最奥なのかそこより先に道はなかった。
「あの湖と似ている・・・」
ブルーの透き通った水がきらきらと輝いているそこへと私は行き着いていた。
目の前を川が流れ、それは滝のように下へと流れ落ちて行く。
そっと下を覗けば、その溝はとても深く果てが見えなかった。
そしてこの溝の向こう側に、探していたその花は咲いていた。
「ニルヴァーナ・・・」
薄い桃色の花は花びらを幾つも重ね、その場所で優雅に微笑んでいる。
とてもこんな場所で咲けるような強い花には見えなかった。
むしろ可憐で、触れたら散ってしまいそうなぐらいにか弱そうに見えた。
ニルヴァーナ。
これがあればセンリはきっと助かる。
そう思って私は溝に落ちないように、花に手を伸ばした。
「・・・っ」
届きそうで届かない距離に、思わず唇を噛んだ。
思いきり手を伸ばすが、それはただ空を掴むだけだった。
あと一歩でも前に進めば落ちるだろう、― 鍾乳洞の真っ暗な地の果てへと。
だけど、怖いなんて言っていられない。思っていられない。
「届いて・・・!」
私は更に手を伸ばした。
すると、ようやく震える指が、柔らかな花びらに触れた。
細い茎を必死に掴めば、手のひらに鋭い小さな痛みを感じた。棘だった。
絶対に離さない、そう思って痛みに耐えていると小さく枝が折れる音がした。
よかった、取れた!
そう思って腕を引っ込めようとした、その時だった。
「・・・!!」
急に足場が崩れた。
突然のことに私はすぐに反応できず、バランスを失った私の体はぐらりと傾いた。
目の前には鍾乳洞の闇が広がっている。
駄目だ、落ちる!
「―っきゃああああ!」
このまま私は奈落の底へ・・・?
センリを助けなきゃいけないのに。・・・センリ!!
私は目を瞑って、心で今も苦しんで寝ているだろうセンリの名前を呼んだ。
下へと落ちていきながら懸命に手だけを上へと伸ばす。
誰か・・・!
そう心の中で強く叫んだその瞬間、私の腕を何かが掴んだ。
「!」
降下が止まり、私の体は宙吊り状態になって不安定に揺ら揺らと揺れる。
私はそっと目を開けた。
変わらず自分の真下には果ての見えない闇があった。
私は思わずごくりと唾を飲みこんだ。心臓がばくばくと早鐘を打っていた。
(助かった・・・?)
「・・・くっ」
小さな声が聞こえて私はゆっくり見上げた。
「・・・・・・」
そこにいたのは見たこともない少年だった。
アクアブルーの瞳が驚いたような私の姿を写していた。
細い腕で私の手首を掴み、必死で支えてくれるのだろうその顔は少し苦し気だった。
「あなたは誰・・・?」
少年は応えない。
今度は両手で私の手を掴み、少しずつ上へ引っ張り上げていく。
そして一番上まで私を引き上げると、少年は地面に倒れこんだ。
はぁはぁと荒い息をしている。
「あの、ありがとうございました・・・」
そう言えば、少年は澄んだ瞳を私に向けた。
「別に。たまたま此処を通りかかったら、君が落ちていくところが見えたから」
「・・・そうだったの。私は幸運だったのね」
もし少年が助けてくれなかったら、確実に私は命を落としていたのだ。
これを幸運と呼ばずに何というのだろう。
感謝してもしきれない。
ふと少年の体に目をやると、彼の両腕は所々切れていた。
血が擦れたような跡。
「私を引っ張り上げる時に怪我を・・・?」
思わず掴んでいたままのニルヴァーナを見た。
確かこれは止血にも使えると言っていた気がする。
そっとその花びらに手をかけると、少年が急に声を荒げた。
「・・・駄目です!」
驚いて少年を見ると、少年は俯いて言った。
「その花を取りにきたんでしょう?そんな貴重な花をこんな傷に使ってはいけない」
「ええでも、」
「君はその花を何に使うの?」
「え・・・?解毒によ」
「解毒なら尚更です。解毒にはこの花の蜜が必要だ。
それにこんな傷なんて、全然大したことないですから」
そう言ってペロリと少年は傷口を舐めた。
しかしすぐにまたそこには新たな赤い血が滲んでくる。
私は自分のスカートにナイフで切り込みを入れ、千切ると少年の腕に巻いた。
「簡単な処置でごめんなさい」
「十分ですよ」
少年はふと鍾乳洞の崖に目を向けた。
「よくあんな危ないことをしましたね。
もしかしたら落ちていたかもしれないのに。
…危険を冒しても、救わなければいけない人がいるんですか?」
私は頷いた。
「救いたい人・・・というよりは守りたい人かもしれないけど」
「恋人ですか?」
今度は顔を横に振った。
「いいえ。そうじゃない、でもとても大切な人」
「大切な人ですか」
少年は私の言葉を繰り返した。
「ええ、大切な人はたくさんいる。その中の一人よ」
「たくさん・・・それは大変かもしれませんね。
大切な人が多ければ多いほど、犠牲にするものも多い」
「そうね、そうかもしれない。
でも犠牲にするものがあっても、私は大切な人を守りたいと思っているの」
初めて会った見ず知らずの少年に何故こんなことを話しているのかは自分でもよく分からなかった。
だけど、話しておきたかった。
今ここで自分自身の気持ちを確認するためにも。
「大切な人は傷つけられたくない、幸せになってほしい・・・。
ずっと思っているあの人、」
-王子。
「いつも強く助けてくれる彼」
-センリ
「育ててくれたあの優しい人たち、そして」
私から離れたあの子の姿が脳裏に浮かんだ。
あなたもよ。あなたもなの。
「笑顔をくれたあの温かな兎も」
ねぇ、ニック。
裏切られても、私はあなたを嫌いになれない。
だって、まだ信じられない。
少しの時間だけど一緒にいたあの優しい時間が嘘だったなんて、私は。
「・・・そうですか」
少しの沈黙の後、少年は一言そう呟くと私の腕を引っ張った。
「それなら、早く君が守りたい大切な人にその花を届けなきゃ」
「・・・そうだわ!」
弾かれたように立ち上がった。
とりあえずセンリの元に早く帰らないと。
私は少年と鍾乳洞の入り口まで一緒に急いだ。
鍾乳洞を出ると、太陽の光に目が眩みそうになり、手で思わず抑えた。
もう正午ぐらいまで時間が過ぎてしまっている。
「水に混ぜて花の蜜を飲ませれば、どんな毒でもすぐに良くなるはずです」
親切に少年はそう教えてくれた。
「本当にありがとう。この花を持って帰れるのはあなたのおかげだわ」
そう素直に言えば少年は微笑んだ。どこか儚い笑顔だった。
私は少年に背を向けて走り出す。
しかし、
「前へと進んでください、”オネットさん”」
後ろから聞こえてきた一言に足を止めるとすぐに振り返った。
ニルヴァーナを片手に私は唖然と立ち竦む。
「・・・・・・」
もうそこに少年はいなかった。

→menu

スポンサーサイト



Comment 0

Latest Posts