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2-7 ニルヴァーナを君に(2)

 20,2016 12:07



私はセンリの元へと再び走った。
太陽はもう西の方へと傾き始めている。
早く。一秒でも早く。
そう気持ちが焦って、途中何度転んだかは分からない。
だけど私は戻ってきた。ようやくセンリの元へ。


センリは数時間前と同じように地面に横になったまま荒く息を吐いていた。
(あぁ、よかった…間に合った!)
長時間持ち堪えられたのは、行く前に飲んだ解毒剤のおかげかもしれない。
私はニルヴァーナの花びらをそっと千切ると、水を入れている瓶の中へと入れた。
それから蓋をしてよく振り、水と蜜をよく混ぜる。
花びらは少量だったというのに、甘い花の香りが辺りを包んだ。
水と蜜が十分に溶けたのを確認して、私は封を開けた。
「できた・・・・。センリ、ニルヴァーナの薬よ」
センリにそう声をかけたが、彼の反応はなかった。
衰弱しきっていて、私の声も聞こえていないようだった。
私はセンリの首の後ろに手を入れ少し頭を起こすと、薬をそっと口に流し込んだ。
早く飲まないと命が危ない。
そう焦るも、しかしそれはセンリの喉を通らずに口から零れ落ちていく。
「センリ、お願い飲んで・・・センリ・・・」
やっと口に薬が入っても呼吸がしにくいのか、センリは顔を歪めて咳き込んだ。
駄目だ。このままでは薬がなくなってしまう。
苦しそうにセンリは唸った。
「センリ・・・」
胸が酷く痛い。
私のせいで、こんなに苦しんでいるセンリ。
どうしていつもあなたは私を助けてくれるのだろう。
自分が死ぬかもしれないというのに。
どうして、そんなにあなたは。
「・・・っ」
目にじわりと熱いものを感じて、私は歯を食いしばった。
大丈夫、私が助ける。
今度はあなたを、私が。
私はセンリの頬に汗で張り付いた髪をそっと横へと流すと、
半分までに減ったニルヴァーナの薬を、自分の口に含んだ。
そしてセンリの頬に両手を添えて、そっと目を閉じると、
(絶対にあなたを死なせたりなんかしない)
センリに口付けた。
「ん・・・っ」
センリは苦しそうな声を上げると、私の体を力の入らない手で押し返そうとした。
私はその手を握り返し、これ以上薬が零れないようにと深く深く口付ける。
数秒して、ごくんという喉が鳴る音が聞こえた。
(飲みこんだ?)
私はセンリから顔を離した。
「・・・・・・ん、」
苦しそうに歪められていた眉が、穏やかな弧を作っていた。
すうっと赤い頬が色を引いていく。
即効性があるとは聞いていたけれど、こんなにも早く効いてくれるなんて。
ニルヴァーナが幻の花と言われる理由が、その時ようやく分かった気がした。
「…センリ、ゆっくり休んで」
穏やかになり始めた呼吸を聞きながら私は心で呟いた。
ありがとう、と。
思い出したのは、鍾乳洞で出会った-あの少年だった。


そして一時間後、ようやくセンリは目を覚ました。
空を見上げながら何度か瞬きをして、今の状況を把握しようとしている彼に私は聞いた。
「具合は・・・どう?」
「・・・体の痛みが全て消えている」
センリはぼんやりとした瞳で私を見て不思議そうに言った。
「ニルヴァーナのおかげよ」
「ニルヴァーナ・・・?まさか、モーガニートから取ってきたのか?」
「うん、遅くなってしまったけれど。長い間待たせてごめんね」
「いや、それは覚えていないからいいけど・・・大変だったろ、ありがとな」
センリは上半身だけ体を起こそうと腕に力を入れた。
しかしまだ力が入らないようで、私はセンリの背中に手を当て起こすのを手伝った。
少し汗ばんだ背中は男の人らしくがっしりとしていた。
「ねぇ、センリ」
私は彼の名前をそっと呼んだ。
「どうしてあんな危険なことをしたの?
命が狙われているかもしれない私と入れ替わったら、
自分の命が危なくなるって、あなたなら分かっていたでしょう・・・?」
センリは頷いた。
「ああ。・・・でも、まさか毒とは考えてはいなかったけどな」
全く身動きが取れなくなるのは誤算だった、とセンリは呟いた。
やはりセンリは危険を承知で私を助けたのだ。
「もしかしたら、本当にあなた、死んでしまっていたかもしれないのよ。
ニックだけじゃない・・・あなたもいなくなってしまったらって思うと私・・・」
引いていたはずの涙がまた溢れ出てきて、私は手で顔を覆った。
センリが目を覚ましてくれた時の安堵感は何にも例えられないほど、大きかった。
嗚咽が込み上げそうになって堪えていると、センリの手が私の頭を撫でた。
「不安にさせてごめん」
「助けてくれたこと、本当に感謝している。
でも私、自分の代わりにセンリが死んでしまったら、とても悲しい」
「・・・うん。だけど、また次に同じなようなことがあっても
きっと俺は同じ選択をすると思うんだ」
その言葉に私は顔から手を離すと、センリを見た。
どうしてなの?
そう心の中で呟けば、私の思いが分かったのかセンリは言った。
「何で・・・なんだろうな」
緑の綺麗な瞳が私をまっすぐに見た。
「お前は守ってやらなきゃって思うんだよ。
それが過去に見殺しにしてきた命への罪の意識なのか、
それともあの夜お前が俺を救ってくれたからなのか、何が正しいかは分からない。
だけど理由はどうであれ一つ言えるのは、俺にとってお前は大切な存在なんだ。
だから今回、お前に辛い思いをさせたのは悪いとは思っているけど、俺は後悔していない。
お前が、無事で良かった」
「・・・・・・・っ」
どうしてこの人はこんなにも優しいのだろうか。優しくしてくれるのだろうか。
何度も思った、この人を死なせてはいけない。助けたいと。
でも今改めて思った。
この優しい人を失いたくはない、と。
「・・・我儘でごめん。お前は何も悪くないから、もう泣くな」
困ったようなセンリの声に、私は頷いた。だけど涙は簡単に止まらない。
ふっとセンリは笑った。
「俺は大丈夫だから、ここにいるから」
再び頭を撫でるその手は、とても温かかった。


二日ほどその場所に留まった。
センリの体調もすっかりよくなったところで私たちは、再び前へと歩き出した。
ニックは私たちのところへ帰ってはこなかった。
彼が何を思っていたのか、何かを抱えていたのか、知る術は何もない。
久しぶりの二人だけの旅は少し緊張して、そして少し寂しかった。
「そこ滑るぞ・・・大丈夫か?」
「・・・うん」
そして私とセンリは、鴉ナキノ沼へとたどり着いた。

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