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2-8 恐れを乗り越えて、前へ(2)

 20,2016 22:06



"恐れ"
その言葉に私は何もない空中を唖然と見上げた。
「そう。旅をして私は物事の裏にある真実の存在を感じ始めた。
それは王子の心であったり、魔女の動機であったり、ニックの本心であったり、
その他にも色々あって、私は自身が気づいていない真実というものを見つめるようになった。
初めは感情のままに突き動かされて魔女を追うことを決めたんでしょう?
早く思いを伝えなきゃ、魔法を解いてもらわなきゃって。
だけど、きっとこの旅はそれだけではない、私は私なりに理不尽さを感じたはず。
悲しい出来事が続いて心は疲れている。
どこか思っているのに違いないわよね。
これでいいのかしらって。この先に何があるのかって。
そしてその疑問に本格的に恐れを感じている。 間違いようもない、恐怖を」
・・・そんなこと、
「否定なんてさせないわよ、じゃあどうしてあなたは震えているの?」
え?
私は自分の手を広げて眺めた。
不規則に自分の意志とは関係なく、細かに震える自分の手。
何これ、一体いつから。
「気づかなかったの?魔女の城が見えてからずっとあなたは震えていたのよ。
センリはあなたの様子に気づいていたようだったけれど」
震えは止まらなかった。
止めようとすればするほど、そうできない自分にもどかしさと苛立ちが少しずつ募る。
大丈夫だから、違う、大丈夫だから。怖いだなんて、
「怖いことは悪いことじゃないわ」
・・・え?
急に私の言葉が優しい口調へと変わった。
まるで泣いている赤子をあやすように、今度はゆっくり穏やかに語り始める。
「当たり前よ、あれだけ傷ついたんだもの。怖くて当然なのよ。
辛かったでしょう、悲しかったでしょう、ここまで来れただけで十分じゃない?」
ここまで来れただけで十分?
十分というのは・・・それは諦めるべきだと言いたいの?
「諦めるんじゃないわ、幸せになるということよ」
幸せ?
「そう。これ以上傷つかないことが本当の私の幸せよ。
この先にあなたの幸せなんかない。
きっと魔女はまたあなたを傷つける、幸せになんてさせてくれない。
それなのにこれ以上前に進む必要がどこにあるかしら?」
そしてまた口調ががらりと変わった。
「・・・私はもう嫌よ。私はもう、嫌」
何かに怯え、震えた声がすぐ近くから聞こえた。
その時目の前に、ふと人の気配を感じて私は手を伸ばした。
指が冷たい人の肌に触れた。
そっと腕を掴み、ゆっくり自分の方に引いてみれば、その姿がようやく見えた。
頭を両手で押さえたまま、目に涙を溜めた私。その私が、私に縋りついた。
「嫌なの、助けてほしいの、もうやめて、やめようよ、お願いだから、やめるって言って」
とても切実な声だった。
「王子と結ばれないのは、運命だったんじゃないの?」
「魔女に会ってもまた魔法をかけられたら?
いえ、あれは呪いだわ、もっと酷い呪いをかけられる」
「ニックだけじゃない、いつ誰が私を裏切るか分からない。次は誰なの?」
狂ったように私は泣きながら、私に訴える。
逆に両腕を掴まれ強く揺さぶられながら、私は愕然としていた。
これが私の心だというの?
目の前私は赤い目でくすっと笑った。
「そうよ、だから私は進まない。進めない。もう終わりにしましょう?」
私の声で、私の心で、私が言う。
これは私だ。否定できるはずもなかった。
そうなの?それを私は望んでいるの?そう問えばすぐに「ええ」と私が笑う。
「もう傷つかなくていいの・・・」
もう一人の私は冷たい手で優しく私を抱きしめた。
暗闇でずっと隠れていた私の心はとても冷え切っていて氷のようだった。
ずっと悲しみと恐れを抱いていたんだ。
そっか。こんなに傷があったなんて。
もう傷つかずにすむのなら、あんな悲しい思いをしなくていいのなら、私。
別に前なんて進まなくたって・・・
進まなくたって・・・
・・・・・・ああ。違う。
「・・・・・・?」
違う。違うよ、恐れているけど進むの。怖いけど進むのよ。
私が信じるのは恐れじゃない。私が信じるのは希望だったはずよ。
「何を言っているの?」
真実を知るのが怖いのはきっと本当にそうだと思う。
知らないものを知っていくのは勇気がいることだもの。
だけど、それを受け止めないで見て見ぬふりをする幸せなんて私は望まない。
私は弱いままじゃいられない。
「弱さがなんだっていうの、強さがなんだっていうの、それが何になるの?
それを求めてぼろぼろになってたら意味がないじゃない。
真実は私を傷つけるだけだわ」
真実。
そうかもしれない、この先待っている真実はまた私を傷つけるかもしれない。
でもそれでも、進むのよ。
十年も王子を待っていた私も、ニックを信じていた私も、
それは間違いではなかったと私は私自身を信じたい!
「・・・何を馬鹿なことを」
馬鹿でいいのよ。賢くなくていいの。
私は私のまま、前を向いていこうって思っているわ。
「…黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」
大丈夫だから!だから行きましょう、一緒に。
一歩ずつ進めば大丈夫、それだけでまた一つ

『私は強くなれる』

そう呟いたその時、急に暗闇の空が硝子が割れるように崩れ始めた。
そしてその罅から溢れ出す真っ白な光が、私を不意に照らした。
困惑したように目の前の私は小さな叫び声を上げて顔を覆うとその場で蹲った。
『光・・・』
私は、空を見上げる。
光が広がっていく。
これが正しい。怖いと思う心は間違ってない。
だけど、恐怖を抱いても前を向けばそれはいつか希望へと変わるから。

〈オネット・・・!〉

光の向こうから彼の、センリの声が聞こえた。
ほら、センリが待っている。早く行かなきゃ。
私は横で未だ蹲っている私の腕を掴んだ。もう一人の私は顔を横に振った。
「私は行けない」
『大丈夫よ、行きましょう』
困惑している私の手を取って私は一度笑いかけると、光に向かって走り出す。
引っ張られて今だ戸惑っている私が後ろで呟いた。
「どうして私も・・・。こんな心置いていけばいいのに」
大げさに私はため息をついた。私は振り返る。
私って、本当に馬鹿だったのね。
『あなたは私なのでしょう?』
だから、一緒に進みましょう。


* * *


私は目を開いた。
「・・・大丈夫か?!」
横たわっている私を覗き込むセンリの顔が一番に視界に入ってきた。
その背後に見える空にはもう鴉の姿はなかった。
よかった。私、戻ってきたのね。
そう思いそっと体を起こすと、自分の体がどこか軽くなっているのを感じた。
「鴉の声をお前が聞いた後、何十匹という鴉がお前の体を囲ったんだ。
切ることも射ることもできず、どうしようかと思ったが・・・。
自分の力で足掻いたんだな、お前」
あの鴉の声は私を精神世界に閉じ込めていた。
そしてきっと私が旅を続けられないように、心の内から気持ちを壊そうとしていた。
弱い自分を受け入れて前に進めるか、私は私自身に試されたのだと思う。
もしあそこで進むことを諦めていたら、どうなっていたのだろうか。
だけど、私はそんな選択はしない。今なら断言できる。
「私自身とね、向き合ったの・・・本当に心から」
簡単にセンリにあの世界での話をすると、センリはそっかと優しく微笑んだ。
「よく頑張ったな」
私は頷いた。
自分の手を見ると、震えはもう止まっていた。
「ねぇセンリ」
「・・・ん?」
「私この先、魔女の城でどんな真実が待っていたとしても目を背けない。
その上で私は、私の気持ちに従って前に進みたい」
例えそこに悲しみが待っていても。
そう言うとセンリは頷いた。
「・・・そうだな。俺も今はお前と同じ気持ちだ」
「センリ行こう、魔女の城へ」
「ああ」
そして私たちは立ち上がると、魔女の城を見据えた。
真っ黒な建物が私たちを睨むように、堂々とそこで存在している。
私はそれに向かって呟いた。自分でも驚くぐらいに強い声だった。
「待ってて。アイナさん」


◇ ◇ ◇


「そう。前に進むことに、決めたのね」
森のあの湖で話をしてからもうすぐ2週間がたつ。
長かったような、短かったような、どちらの感覚も感じながらアイナはため息をついた。
鏡にはオネットとセンリが城の扉を見上げている光景が映っている。
「アイナ、失敗をしてすみませんでした」
魔女の横には白兎 ― ニックがいた。
固い表情でニックがそう言えばアイナは静かに首を振った。
「あれは失敗とは言わない」
「…そうですね、どうなっても成功でもないし失敗でもない。ただのぼくのエゴです。
でも、君は一体この先どうするんですか?
このままでは二人は君にたどり着く。
そうすれば君の今までの計画は、全て水の泡となる」
「それはどうかしら?私は最後まで諦めたりしない。
…それより随分と浮かない顔をしているのね、ニック。
ここを出て行った時と全然違う表情をしている」
「そんなことありませんよ」
鏡にかけた魔法を解きながら、アイナは言う。
「・・・・・・あなたは私に優しい。優しすぎる」
「だってぼくは・・・アイナ、君の物ですから。
だからどうかぼくに罰を与えてください。勝手なことをしたぼくに、罰を」
そうでなければ、もう君の傍にもいられない。
ニックはそう言うとアイナから目をそらし、俯いた。
アイナはしばらく無言でニックを見つめていたが、
やがて深く頷くと手に持っていたものをニックに差し出す。
それはセンリの、母親の形見のペンダントだった。ダイヤの部分には罅が入っている。
「それならば、これを双子座の箱へ」
ニックは納得したように一つ頷くと、アイナからペンダントを受け取り部屋を出て行った。
その後ろ姿を見つめながら、アイナは呟く。
「・・・ごめんね、ニック」
そして、ありがとう。


さあ今、扉を開けるといい。
そこには望む未来は待っているのか、自分で確かめるといい。
今まで隠されていた、
全ての真実が此処にはある。

(chapter2 end)
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