FC2ブログ

3-2 双子座の箱(1)

 26,2016 21:21



願いを叶えるために、犠牲にしなくてはいけないものがあった。

2

財宝室。
色とりどりの宝石たちが、その部屋で静かに眠っていた。
ダイヤモンドにルビーにサファイア、高価なものばかりが目につく。
とりあえず、この中からセンリのお母さんの形見のペンダントを探さないといけない。
「センリ、どんなペンダント?」
「楕円形をした青い宝石の中に、紫の花びらが一枚と鷲の紋章が入っているものだ」
「鷲の紋章・・・?」
いつだったかレヴァンス大臣から聞いたことがある。
鷲は強さの象徴、それを紋章とする国があるということを。
それ以外にも他に何か聞いたことがあったような気がするが、思い出せなかった。
センリやセンリのお母さんが住んでいた国がそうなのだろうか。
「・・・あと、ペンダントには罅が入っている」
「分かったわ。私はこっち側を探してみる」
「ありがとう」
部屋に入って向かって右側を私、左側をセンリが探し始めた。
古びたその部屋の棚や机は、埃や汚れが目立つというのに、
宝石は不気味なくらい対称的に光り輝いている。
そっと幾つものダイヤ達を横へそっと退けながら、ペンダントを探した。
「時々忘れそうになるが、オネットも一国の姫なんだろう?
やっぱりこんな風に宝石を沢山持っているのか?」
「いえ、私はそんなに持ってないわ。
宝石よりも、生きている花や知識がたくさん詰まっている本の方が好きだもの」
宝石はとても綺麗だと思う。
持っているだけで、それに見合うようにと背筋がすっと伸びていくような錯覚を起こす。
でも私はそれよりも、もっと綺麗だと思えるものがある。
それは、王子と会ったあの湖。
透明な澄んだ水の美しさ、優しく咲く花々、強い生命力を感じる大樹…
初めてあの場所を見た時以上の感動を、私はなかなか経験できないでいる。
「・・・オネットらしいな」
そう言って笑ったセンリの言葉に何処か懐かしさを感じた。
「そういえば、レヴァンス大臣も私によくそんなことを言っていたわ。
姫様らしい、姫様らしいってね」
「レヴァンス大臣・・・?ああ、幼い頃から世話役をしてくれている大臣だったか?」
「そうよ。とても面白い人なの」
「それは、会ってみたいな」
幼い頃のお前の話、聞いてみたい。
センリはそう言うと、私の方を見て優しく微笑んだ。
「きっと昔からお前は優しくて真直ぐだったんだろうって思うけど」
「それはどうだったかしらね。・・・ねぇ、センリ」
私はふと思い立ってセンリに聞いた。
もうすぐ、私達の旅は終わりを迎えるに違いない。
センリはペンダントを取り戻し、私は魔法を解き、それぞれの生活に戻る。
それを望んでいるし、そのために魔女の元へと来た。
けれども、もうそろそろセンリとお別れだと思うと胸が痛む。
一緒にいたのはたった二週間ほどだったのに、
旅をしながらいろんな困難を一緒に乗り越えているうちに、とても大切な存在になっていたセンリ。
こうして一緒にいられるのもあと少しなんだね。
「もし旅が終わったら、時城に会いに来てくれる?」
「………いいけど、」
「けど、何?もし無理なら私からセンリに会いに行きたい」
自分の気持ちに正直にそう言えば、センリは複雑な表情を浮かべた。
「お前は王子と結婚するんだろ?それなのに俺に会っても大丈夫なのか?」
「え?どうして」
王子と私が結ばれることと、センリと会うことに何が関係あるのだろう。
センリは大げさにため息をついた。
「・・・肝心なところ鈍いよな、お前は。
いいよ、会いに行くよ…ああいくらでも」
そう言った最後の方が何だか投げやりな気がして、むっとして私はセンリを小さく睨むと、
センリは笑って「ごめん」と言って、作業に戻った。
その後ろ姿を見つめながら私は思う。
浅ましいのかな。
旅の終焉を望んでいる、それなのにセンリとまだ離れたくないなんて。


しばらく探していた私達は、一度休憩することにした。
部屋はさほど大きくない。それなのに、一向に探し物は見つからない。
見落としたかと思って、もう一度棚の中を見直したがやはり何処にもなかった。
「センリ、本当にこの部屋にあるのかしら?」
「・・・分からない。けど、なんとなく思うんだ。ここで間違いないって」
センリは部屋を見回しながら、変わった場所がないか確認している。
「魔法か何かがかかってるのかしら・・・?」
「魔法・・・・・・」
センリは顎に手を当て、小さく呟いた。
そして私が相槌を打つ暇もなく「そうか!」と大きな声をあげた。
「どうしたの・・・?」
「この部屋には、俺たちの目を欺く魔法がかけられているんだ」
「・・・それってセンリができる魔法?」
「その可能性がある。そしてもし本当にそうなら、この魔法・・・解ける」
センリは部屋の真ん中に立つ。
そして両手のひらを床に向けて、目を瞑った。
魔法の詠唱が始まる、私はそれを静かに見守りながら心の中で思った。
どうか、ペンダントの場所が分かりますように。
早くセンリの元に、それが返ってきますように。
そう願っている内に、センリの魔法は完成した。
眩しい青色の光が部屋の中を照らし、一瞬視界が真っ白になった。
そして光が少しずつ小さくなっていき、やがて視界は元に戻る。
そこにあったのは前と変わらない、古びた部屋の様子だった。
しかし、よく見れば先ほどとは違っている場所が一箇所ある。
それは机の下、先ほどまでは何もなかったのにそこには二つの箱が置かれていた。
「・・・なんだ、この箱・・・?」
宝箱というにはあまりにもシンプルな箱だった。
一つは赤色のニ十センチ大のもの、もう一つは手のひらサイズの小さな緑色のもの。
箱の上には薄く文字が書かれている。
「Castor(カストル)とPolydeukes(ポルックス)?」
「それって・・・」
センリが読み上げた言葉、否-名前には聞き覚えが合った。
そうだそれは、天体の勉学で習った星の名前だ。
記憶を辿って私はようやく、思い出した。
「双子座の兄弟の名前・・・?」
そう私が言うと、突然後ろから私でもセンリでもない誰かの声が聞こえた。
それはまだ耳に残っている―あの声。

「よく分かりましたね、オネットさん。それは双子座の箱です」

センリと同時に思わず後ろを振り向いた。
扉にもたれかかるように、気だるそうにニックが私達を見ていた。
「「ニック・・・!」」
「・・・なんですか、幽霊でも見るような顔をして。
この城にぼくがいるのは当たり前じゃないですか。魔女の仲間なんですから」
白い兎はそう言って、微かに笑った。
その姿はいなくなったあの朝の時と同じように見える。
一緒に旅をしていた時の、あの明るいニックの面影はほとんど見られない。
まるで別人のようだった。
でも。それでも。
「ニック・・・」
私の足はまっすぐニックの方に向かおうとしていた。
久しぶりに会えたことがただ単純に嬉しかった。
しかし数歩近づいたところで、ニックは怯えたように私を見ると低い声で言った。
「・・・近づかないでください」
その言葉に思わず足を止めた。
「ぼくはもうあなた達の仲間じゃないんです。分かっているんですか?」
仲間じゃない。その言葉が刃となって胸に突き刺さる。
ああ、何度でも傷つけるんだと思った。其れほど、ニックのことを大切に思っていたんだと知る。
何も言えなくなった私の代わりに、センリが答えた。
「お前だけはそう思っているかもしれないな」
「それはどういう意味ですか」
「仲間じゃないって決めているのはお前だけだよ、ニック」
「・・・何が言いたいんですか?」
「オネットも俺もお前をまだ仲間だと思ってるんだよ」
「……ははっ、まさか!」
ニックはわざとらしく高笑いをしながら、片手で額を抑えた。
その足が眩暈でも起こしたようにふらりと頼りなく傾き、ニックは壁に手を付いた。
「冗談を言っている暇はないでしょう?」
「冗談じゃないわ」
真剣にそう言えば、ニックの笑い声は止まった。
自分の足元を見つめるニックの瞳からは何の感情も読み取れない。
ニックの身に纏う雰囲気が一変したのが分かった。
緊張で空気が張り詰めていく、静寂が胸の動悸を強く感じさせた。
少しの静寂の後、ニックが小さく言った。
「本気でまだ僕を仲間だと思っているというのですか?」
「そうよ」
「へぇ・・・・・・そこまで言うなら、ぼくと一つ勝負をしませんか?」
「・・・勝負?」
壁から手を離し、やっとニックの方から私達の方へ一歩近づいた。
そして短い手は私とセンリの真後ろ、双子座の箱を指差した。
丸い目が真直ぐ私達を見上げる。
「そこにある双子座の二つの箱は、運命を共にした箱です。
開けられるのは一つのみで、中身を取り出した瞬間、もう一つの箱と共に消滅してしまう」
「中身は開けてみないと分からないのか」
「ええ、そうです。
そしてこのどちらか一つの箱にセンリさん、あなたにとって最も大切なペンダントが入っている。
だから絶対にあなた方は選択を間違えられない」
不揃いな大きさの正反対の色をした二つの箱。
一つしか開けられないというなら、間違えてしまったらもうセンリのペンダントは手に入らなくなる?
ニックは私とセンリの間をすり抜けて机に向かって歩いていく。
そして二つの箱の間に立つと、静かに言った。
「ぼくの意見を提示しましょう」
ニックは一つの箱を指差した。
「ぼくは、あなた達が"赤色の箱"を開けることを心から望んでいます」
その目は真剣に私達を試している瞳だった。
「…さあ、どちらを開けますか?
言っておきますが、ぼくは魔女の仲間ですから。
間違った方を選び、一生ペンダントが手に入らなくてもぼくには関係ありません」
私は思わずセンリを見た。
センリも私を見てどうしようかと考えている様子だった。
「さあ、選んでくださいよ。
開いた箱にあなた達の探しているペンダントがあるのなら、あなた達の勝ちです。
もしそこに違うものがあるなら、ぼくの勝ちです」
「・・・この勝ち負けには意味があるの?」
「ある」
ニックは彼らしくない口調で断言した。
「ぼくが勝てば、もうぼくは君たちの前には二度と現れない。
綺麗事も世迷言も全部遮断して、ぼくはぼくだけを信じて生きていける。
もしあなた達が勝ったなら・・・そうですね、あなた達の望みを一つだけ叶えましょう。
魔女の場所の聞き出すなり、裏切りの憂さ晴らしをするなり、好きにすればいい」
そこまで言い切るニックにどこか違和感を感じるのは、以前と変わってしまっているからだろうか。
私は小さな白い体を見つめる。
「赤か緑か。確率は半分だ」
「ええ・・・。でも簡単に選択はできないわ。
あなたの大切なペンダントがかかっているんだもの」
部屋に置いてあった時計の秒針がかち、かちと部屋に鳴り響く。
私とセンリ、そしてニックは声を忘れてしまったかのように黙り込んだ。
私は決められない。こんな大切なこと。
もし間違ってしまったら、センリのペンダントは消えてしまう。
そう思いながらぎゅっと手を握ると、私にだけ聞こえる小さな声でセンリが言った。
「オネット、お前が決めていい」
「・・・?!」
突然の言葉に私はセンリの顔を見た。
センリはいつもの優しい表情を浮かべたまま、静かに言った。
「ここまで来れたんだ、例えもしペンダントが手に入らなかったとしても俺は何も恨まない。
もう、あの過去を乗り越えられたんだ」
「・・・でも」
「オネット。お前はこの二択どちらを"選びたい"?」
センリはそっと私にそう訊ねた。
"選ぶ"ではなく"選びたい"か、その言葉を敢えて使った意味を私は瞬時に理解する。
「選びたい選択があるんだろ?」
私は一つ頷いた。
そうだ。選びたい方は最初から決まっている。
「決まりましたか?」
痺れを切らしたように、またどこか焦っているかのようにニックは言った。
その姿は早くこの時間を終わらせたがっているかのようにも見える。
ねえ、ニック。
「決めたわ」
「・・・どちらを選びますか?」
ニックの声が微かに震えているのが分かった。
私は微笑んだ。そして二つの箱に近づき、その内の一つをそっと持ち上げる。
「・・・・・・!」
ニックの目が驚きで見開かれた。それを見ながらニックに笑いかけた。
「ニック、あなたを信じたい」
私は赤い箱を開いた。

→menu

スポンサーサイト



Comment 0

Latest Posts