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3-2 双子座の箱(2)

 26,2016 21:23



赤い箱を開ければ、箱の大きさに見合わない小さな物が入っていた。
そっと慎重にそれを手にとり、センリの方を見る。
入っていたのは金色のペンダントだった。
センリは私からそれを受け取ると、左手のひらに載せてそっと指でなぞった。
「・・・母さんのペンダントだ」
そう呟くと当時に、箱が白い光を放ち始めた。
緑の箱も同じく光り、二つの箱はその光に一緒に溶けていく、そして。
眩しさに目を閉じている間に、静かにその姿を消していた。
残ったのはセンリの手にある彼のペンダントだけだった。
「よかった・・・やっぱり赤い箱だったのね」
安堵してため息をつけば、センリがぎゅっとペンダントを強く握りしめた。
手に入らなかったとしても、さっきセンリはそう言ったけれど
心から本当にそうなってもいいと思っていたわけではないと、今の彼を見れば分かる。
どれだけそのペンダントが大切な物だったのか、が。
本当に良かった。私は自分のことのように嬉しくてたまらなかった。
「・・・・・・ぼくの負けですね」
ぽつりとニックの声が聞こえた。
視線を下へと落とすと、ぼんやりと箱の消えた場所を見つめているニックの姿が合った。
「どうして赤を選んだんですか。
裏切り者のぼくが、赤を開けてほしいと言えばそれは罠に決っているじゃないですか。
どうしてぼくの言葉に従ったりしたんですか」
不安そうに揺れている瞳がとても寂しそうに見えた。
私は顔をそっと横に振った。
「それを言うなら私の方なのよ。
どうしてニックは、私達がペンダントが入っている赤の箱を開けることを望んだの?」
ニックは俯いた。
小さな体が余計小さくなったように感じる。
「・・・ぼくがどうしてそうしたかなんて、どうだっていいんですよ。
とりあえずぼくは負けました。二言はありません。何をぼくに望みますか」
私はニックと視線を合わせるためにそっとしゃがみ込んだ。
何を望むか。
アイナさんの場所を知りたいという気持ちは勿論ある。
けれどもそれ以上にニックに望むことはたった一つしかない。
それに彼が嫌悪感を抱くか、それもただの虚無なのかは分からない。
分からないけど、私は自分の気持ちのままに彼に告げた。
「ニック、私達と一緒に来て」
ニックが弾かれたように顔を上げた。
その瞳は揺れていた。
「一緒に…?どうしてそんな利点のない望みを…!」
「利点のない、なんて言わないで。私達はニックを仲間だと思っている。
仲間と一緒にいたいと思うのは当然でしょう?」
「・・・ぼくは裏切り者ですよ。本気であなたを殺そうとした」
「でも、あなたは助けてくれたじゃない」
はっとニックが驚いたように私を見た。
その瞳が、鍾乳洞であった時の彼の綺麗なアクアブルーの瞳と重なった。
「鍾乳洞で私を助けてくれた少年はニック、あなたでしょう?」
「・・・・・・」
「無言ということは、やはりそうなのね」
殺そうとしていたのに、やっぱり助けてくれた。
それってそういうことでしょう?
ねえニック、あなたも思ってくれていたんじゃない?私達を仲間だと。
「・・・ニック」
センリがそっと名前を呼んだ。
微かに優しく微笑みながら、彼は言う。
「お前が何の使命を抱いて、オネットを殺めようとしていたかは分からないけど、
本心からそうしたいと思っていたとは思えない。
お前は、オネットを嫌ってなんかなかっただろ?」
ニックは、顔をしかめると唐突に天井を眺めるように上を向いた。
そうして涙をこぼさないようにしているのがすぐに分かった。
「ああ、本当にあなた達は優しすぎるんですよ。
突き放してくれたら、どれだけ良かったか」
そしてニックはそっと私を見た。
「嫌ってなんかいませんでしたよ。
オネットさん、ぼくは本当は‥・・・いえ、本当に」
丸い瞳が涙が零れた。
「あなたが・・・君のことが、好きだったんです」


* * *


二人から離れた後、
苦しむセンリさんを必死に看病をする彼女のことを、ぼくはずっと木の陰から見ていた。
鞄をひっくり返し、彼女はセンリさんに持っていた薬を飲ませているが・・・。
駄目だ、ぼくは心の中で呟いた。
あの毒はデスワームの猛毒。
アイナの庭で二人が花を摘んでいる間に、砂漠に戻ってワームの死体から摂取した毒物。
あまりに強烈すぎて、入れ物さえ腐敗してしまうぐらいの危険なものだった。
普通の解毒剤では完治できない。その場しのぎにしかならないだろう。
あのままではセンリさんは確実に死んでしまう、そう思った。

ぼくにセンリさんを殺す利点は正直全くなかった。
彼女じゃなければ意味がなかった。
そのために今までずっと旅をしてきたのだ。彼女を、殺すために。
それなのに。彼女が無事なことに何処かほっとしている自分がいる。
「・・・ぼくはアイナの仲間ですよ」
気が動転しているのか、彼女はぼくの存在には全く気が付いていない。
センリさんの額を冷やすと、唐突に彼女は走り始めた。元来た道へ戻って。
ぼくは瞬時に彼女が何処へ向かっているかを理解した。
ああ、覚えていたんだ、ぼくが言ったことを。


一番最初。
ぼくはアイナの元から離れると、オネットさんを殺すために彼女を探していた。
その道の途中で川に流されたあれは、ぼくの意志ではなく本当にただの事故だった。
”兎のぼく”は泳ぐことができない。
急流に飲みこまれ、ぼくは必死に足掻いていた。
息を吸おうともがけばもがくほど、開いた口に大量の水が入ってこようとした。
ああ、ぼくはこんなにも簡単に死んでしまうのか。
あまりの不甲斐なさに屈辱と諦めを感じ、それでもぼくは本能から叫んだ。
誰に届くか分からない、それなのにぼくは助けを求めた。
そしてそんなぼくの前に現れたのは、予想だにしていなかった人物だった。
「掴まって・・・!」
そう、彼女だった。
その時初めてぼくは彼女と直接対面した。
それまでのぼくの中の彼女は、アイナの敵であり -完全な悪だった。
しかしどうだろう。その差し伸べられた手は、ひどく柔らかで優しかった。
ぼくの心の動揺に勿論彼女は気づかない。
結果的に同じく旅をするしか選択肢のなかったぼくを、彼女は素直に受け入れた。
そして一緒にいる時間の中で、彼女へ抱く感情が変わっていくのをぼくは感じていた。

彼女が一人で走っていく後をぼくは追いかけた。
ぼくの裏切りで、見て分かるほど心を痛めているオネットさんは今にも倒れそうだった。
それなのに、足を止めることなく走り続けている。
その後ろ姿を見ながら、ぼくは僕の体の変化を感じ始めていた。
そうだ、今日は満月の日だ。
少しずつ視界が高くなっていく。
足や指が伸び、体を覆っていた毛が薄くなっていく。
鍾乳洞へ入った時には完全に”僕”の体は兎から人間へと戻っていた。
久しぶりの人間の姿に、初めは歩く感覚を取り戻せなくて、上手く走れずに彼女を見失った。
鍾乳洞の奥へと来たのは僕も初めてのことだった。
そのために分岐点では直感で道を選んで進むしかなかったが、運良く僕は彼女を見つけた。
「!」
だが見つけた時、彼女はあまりにもアンバランスな場所にいて、そして。
「―っきゃああああ!」
目を見張った。彼女の足元が崩れたのだ。
崖のように深い溝がそこにはあり、彼女は足を滑らせて落ちていく。
僕は咄嗟に彼女に向かって走り、
落ちながらも上へと伸びていた白くて細い腕をなんとか寸前で掴んだ。
あと一歩遅かったら、きっと彼女は奈落の底へと落ちていた。
はぁはぁ、と底の見えない谷底を見て思わず身震いした。
なんて無茶をする子なんだ。
「あなたは誰・・・?」
体の揺れが収まると彼女が不思議そうの僕を見上げて聞いてきた。
澄んだ瞳が僕をまっすぐに見つめてくる。
それが酷く僕の心を揺さぶった。
ああ。ただ様子を見るだけだったのに。もう彼女には関わらないつもりだったというのに。
僕は何も言えなかった。
やがて腕にぎしっと嫌な痛みを感じた。
自分と同じぐらいの背の彼女を支えるには片手では力が足りなくて、
両手でしっかり掴んで僕は踏ん張ると、全力で彼女を引っ張り上げた。
荒くなっていた息を整えていると、彼女は僕に素直に礼を言った。
ありがとうなんて、言われる資格はないのに。
全ての原因は僕なのだから。もう僕は彼女の前から消えるべき存在なのだから。
本当に一体どうして僕はここにいて、君とこうして再会しているのだろう。
早く此処から立ち去らなくてはいけない。
そう思っているのに、僕の心の何かがそれを邪魔していた。
もう少しここままでいたい、と。
彼女が僕に気が付かない間は、
僕をぼくだと知らない今だけは、
あと少し、彼女と関わることを許されるだろうかと。
わざと何も知らない振りをして、はぐらかして会話を無理に繋げた。
ねぇ、オネットさん。君はどれだけ僕を恨んでいるだろうか。
仲間だといって一緒に笑い合い・・・短いけれどもとても近くにいた日々、
それを壊して悲しみで塗りつぶした僕を、君が恨んでいたとしても当然のことだ。
彼女の柔らかな声を聞きながらそんなことを考えていると、しかし、彼女は不意に言った。
「大切な人は傷つけられたくない、幸せになってほしい・・・。
ずっと思っているあの人、いつも強く助けてくれる彼、育ててくれたあの優しい人たち。
そして、笑顔をくれたあの温かな兎の子も」
その言葉に。
僕の中の感情が全て崩れそうになった。
駄目だ。切望してはならない。相反する二つの思いを願ってはならない。
そう思うのに、もう僕は僕自身の思いを止められなかった。
目の前で笑う彼女がとても愛しくて、思わず涙が零れそうになり、僕はやっと気づいた。
ああ。彼女が好きだったんだ、僕はずっと彼女の優しさに惹かれていた。

”これは、あなたが幸せになる旅でもあるのよ”

アイナのために生きるため、自分の感情を捨てたつもりだった。
それなのに思ってしまった。
僕は、君と離れたくない。
自虐的に僕は笑った。僕が僕自身のために思った初めての願いかもしれない。
だけど僕は彼女は裏切れても、アイナは絶対に裏切られない。裏切らない。
だから、これが唯一僕が君にできることだった。
あの時、僕がニルヴァーナについて詳しく君に話したのも
どこか僕の中でこうなることを予想していたからかもしれない。
「本当にありがとう。この花を持って帰れるのはあなたのおかげだわ」
薄桃色をした花を持ち、微笑む彼女に思わずつられて僕は笑った。

― ニルヴァーナを、君に。


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