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1-2 覚えている彼女と忘れた彼(1)

 06,2016 16:58



「もう朝ですよ」

2

使用人のロウザがカーテンを開けると、
思わず目を瞑ってしまうほど眩しい光が部屋の中へ入りこんできた。
頭痛がして頭を押さえると、心配そうに彼女は私の顔を覗き込んだ。
「オネット様、嫌な夢でも見ましたか?」

― 夢。

私は顔をそっと横に振った。
大丈夫よ、そう言った言葉に安心したのかロウザは優しく微笑んだ。
「美味しい紅茶、入れてきますね」
優しい気遣いに私も微笑み返す。
「ありがとう」
ロウザは私に一礼し扉に向かった、かと思えば振り返った。
「そういえば、窓が開いていました。カーテンはしてありましたが…。
姫様、開けられましたか?」
― いけない。
夕べ、森へと出かけて帰ってきてから閉めるのを忘れていた。
自分の失態とロウザの鋭さに思わず私は口元に手を当てる。
「・・・ええ」
正直に応えた言葉に、ロウザはすんなり「そうですか」と頷くと静かに部屋を出て行った。
私はほっと胸を撫で下ろした。もっと踏み込んで追及されるかと思った。
一人になった部屋で、私は開け放たれた窓の外を見て呟く。
「夢なんかじゃないわ」
そう全て夢のような、現実。

* * *

「オネット様、今日は国政について学びますぞ」
「はい、分かりました」
「ふふ・・・よろしい」
朝食を終えた後、大臣の一人、レヴァンスが今日の予定について話をしてきた。
それはいいのだけれど、笑われてしまったのはどうしてなのか。
首をかしげた私に大臣は更に隠し切れず笑みをこぼした。
「どうかされましたか?」
「申し訳ありません、あまりにも姫様が姫様らしくて」
「?」
私が私らしいとはどういうこと?
そんな疑問の応えはこうだった。
「いえ、普通勉学の話をすると王族の方と言えども、退屈に思われる者は少なくありません。
ここだけの話、王様もそうでした」
「お父様が?」
「はい。窮屈だと言って、若い頃は部屋を飛び出されることも多く、
非常に自由で大胆で行動的で―…ってこれは本当にここだけの話ですよ」
「ええ、誰にも言わないわ」
「しかし姫様は対照的にとても素直で、私はとても楽をさせて頂いているようにさえ感じます。
民からオネット姫と呼ばれるのも、至極当然のことかと。
それにその美しさ、私がもし若かったら・・・。
いや、これもここだけの・・・いやいや、これは忘れて頂けますかな。
とりあえず、姫様のためなら何でも私は喜んでお仕え申し上げますぞ」
大臣は興奮した様子でそう私に語った。
最後の方は何を言っているか少し分からないところがあったけど、
大切にされているのだと感じた。
そしてそれが、とても幸せだと。
「ありがとう」
しかし、さっきの言葉には間違いがある。
大臣は私と父は違う性格だと言ったけれど、似ているところはある。
私だって心のままにしたいことをしている。
夜、こっそり城を抜け出していることは、誰にも内緒だ。
「それでは姫様、そろそろ」
「ええ」
自分の部屋で政学を学びながら、ふと思い出したことがあって大臣に聞いてみることにした。
「そういえば、最近城がなんだか騒がしいけれど、何かあったの?」
ここ数日、城で働いている者がいつもよりも忙しくしているように見えた。
だからと言って皆疲れているようではなく、どちらかといえば活気溢れ、とても幸せそうな様子だ。
それに加え、最近協定を結んでいる隣国との交流が盛んなことも気にはなっていたのだ。
しかしその問いに対して返ってきた答えは予想外なものだった。
「それはですね、もうすぐオネット様の誕生日だからですよ」
「・・・え?」
自分の誕生日が皆の様子とどう繋がるのだろう。
思わず声を漏らした私に、大臣は含みのある言葉で、
「今年はおめでたい一日になることでしょう」
楽しみにしていてくださいね、と笑顔でそう言った。
ずるい。そんな言い方をされると、それ以上は追及ができなくなる。
「分かったわ。楽しみにしている」
「それにしても姫様が今年で19とは、早いですな」
時の流れは。
「・・・そうね」
大臣の言葉に軽く相槌を打つと、
ペンを握りしめ、そのまま何も考えずに私はまた書物に視線を戻した。

* * *

王子と出会ったのは7歳になったばかりの頃だったと思う。
城の書庫にあった近隣の地図を見て、私は魔女が棲む森があるということを知った。
それも城のすぐ裏の森がそうだということで、当時はとても興奮したのを覚えている。
ある日私はこっそり城を抜け出し、正午を少し過ぎた時間に一人森に足を踏み入れた。
人気のないその森は、深い緑の木々が延々と並び、澄んだ自然の匂いがした。
初めはすぐに帰るつもりだったが、私は自然に魅了されて奥へ奥へ歩いていき、
いつの間にか森の中央にある湖へと辿り着いていた。

視界の開けた場所にあったそれを見て、私はあまりの美しさに言葉を失った。
澄んだ水は透明で、深い場所はマリンスノーの輝きを放っていた。
水面を覗き込めば、水草の間を小さな魚が群れをなして気持ちよさそうに泳いでいる。
また湖の中心には、周りの木々よりも一段と高くそびえる太い大樹が育っていた。
そして湖を囲むように花の絨毯が広がり、蝶が心地よさそうに羽を伸ばしている。
幻想的な空間。
そこに見えるのものが現実には思えなくて、
触れたら消えてしまうのではないか、そんな気すらした。
試しに近くにあった小さな黄色い花にそっと触れてみると、とても柔らかで繊細な感触がした。
微かに甘い香りが鼻をかすめる。
なんて素敵な場所なんだろう。
こんな所が城の近くにあったなんて知らなかった。
そう思いながら不意に視線を上げた私は、
「え…?」
大樹を見上げて、目を見開いた。
下が湖だというのに、大樹の枝に器用に寝そべっている少年がいたのだ。
寝ているらしい、そのあどけない顔を見れば自分と同じくらいの歳のように見える。
光に染まったような綺麗なカナリア色の髪が、優しく風に揺れている。
・・・とても気持ちよさそう。
いや、そうではなくて。何でまたこんな所で。
「落ちたら、どうするの・・・?!」
穏やかに眠る少年とは反対に、私は一人混乱していた。
起こすべきだろうか、でも絶妙なバランスで座っているように見える。
もし起こした時に落ちてしまったら・・・?
どうしよう。何かいいものがないだろうか、そう思って周りを見回した-その時だった。
足に何かが引っかかった。
突然のことに、体が支えられずに私は前へと倒れた。
「ひゃっ・・・!」
ドサッ。
転んだ拍子に思わず出た悲鳴は、自分では小さいもののように思えた。
しかし大樹で眠っていた彼の睡眠を覚ますぐらいには大きかったらしい。
少年はゆっくり目を開けると、
「え・・・?」
驚いた様子で目を丸くしながら、私を見た。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
重なった私と、彼の視線。
まるで時がゆっくりと流れていくような感覚がした。
しかしそれはすぐに強制的に断ち切られた。
そう、少年が湖へと真っ逆さまに落ちていったからだ。
「わあっ!」
「!」
ドボン。 大きな水しぶきが上がった。
(落ちた・・・!助けなくちゃ!)
私は足に絡んでいた花の蔓をどうにか外すと、慌てて湖へと走る。
転んだ時に擦りむいたらしい膝が痛んだけれど、それよりもまずは少年のことだ。
湖へと足を入れると、冷たい水の感触に体が一気に冷えた。
そして水が腰までつかるまでの深さに来た時、ザブンと音をたてて、少年が水の中から出てきた。
「っは・・・」
必死に泳いだのだろう、膝に手を置き、下を向きながら荒く苦しそうに息をしている。
よく見れば少年の服は決して軽そうなものではない。
シンプルなものだが、まるで王族が着るような上品な服装。
きっと泳ぎにくかったに違いない。
「っは、は、・・・・・・びっくりした」
少しずつ呼吸が整ってくると、少年はやっと顔を上げた。再び私と視線が合う。
明るくて優しいエメラルドグリーンの瞳がとても綺麗だった。
「大丈夫?その、落ちて」
「うん、まだ頭がはっきりしていないけどね」
「とりあえず無事でよかった・・・」
「ありがとう。・・・・・・ねぇ、それより」
少年は私の足に視線を落とすと、心配そうに言った。
「君こそ大丈夫なの?足」
その言葉に私も自分の足を見る。気が付かなかったが、膝からは血が出ていた。
意外にもその量は多く、透明だった水を赤く染めていく。
「・・・・・・血・・・」
私は昔から血を見るのが苦手だった。
くらっと眩暈がして体を傾いたのを、少年が腕を掴んで支えてくれた。
眉を顰めたまま少年は言った。
「来て。今すぐ薬を付けてあげるから」
薬なんてあるの?
そう思いながら、彼の後を付いていく。
怪我しているのを気遣ってくれているのだろう、その歩みはとてもゆっくりとしていた。
岸につくと、柔らかな草の上に座らされた。
少年は何も言わず森の更に奥へと走っていった。
彼の通った後、水の雫が落ちて土が微かに色を変える。
それをぼんやりと眺めていると少年は戻ってきた。手には植物の葉を幾つか持っている。
「ちょっと匂いは強いけど」
そう言って、少年は葉を水に濡らすと私の膝に優しく乗せた。
その言葉通り、独特な匂いを感じながら、私はその様子を見つめる。
一枚、二枚、三枚。
傷を綺麗に覆ったところで、彼は優しく微笑んだ。
「簡単な止血だけど、しないのとでは全然治りが違うんだ」
「・・・ありがとう」
「礼を言うのは僕の方だよ。
 君は僕が落ちたのを見て、助けようと湖に入ってきてくれたんでしょ?」
「でも、それを言うなら私があなたを驚かしたから・・・」
「違うよ、落ちたのは君のせいじゃない」
少年はそう言って私の隣に座る。
私は少年をまじまじと見つめた。
白い肌に長い睫、澄んだ瞳、塗れた髪がとても綺麗だと思った。
思わず見とれてしまう自分に気づく。
歳はやはり、同じくらいだろうか、でもその表情は自分よりもとても大人っぽい。
そして感じる上品さは、もしかして。
「あなた、・・・どこかの国の王子?」
そんな気がして言葉に出した私を驚いたように少年は見た。
その表情を見てそれが当たっていることに気づく。
本当にそうだったんだ。
自分と同じような立場の同じぐらいの子。
めったにない出会いに私の心は嬉しさでドキドキとしていた。
「よく分かったね。・・・もしかして、君も?」
王族なの?と、可愛く首をかしげる少年に私は大きく頷いた。
「すごい!僕、同じ歳ぐらいの王族の子に会ったのは初めてだよ」
「私もだよ。だからね、なんだかすごく嬉しいなって」
「うん、僕も嬉しいよ」
少年はとても優しい表情で微笑んだ。
「ねぇ、あなたの―」
国はどこなの?
私はそう言いかけて口を噤んだ。
安易に聞いてはいけないと気づけたのは、
幼いながらもしっかり育てられた王族の意識が自分に染みついているからだろうか。
もしも、自分の国と敵対する国の人だったら?
せっかくの素敵な出会いで、そんなことは考えたくない。
そう思って、私は思い直す。
国は駄目だろうけど、名前ならいいよね?
「あなたの名はなんて言うの?」

お互いの名前を教えあった頃にはもう血は止まっていた。
彼はそっと私の足に付けていた葉を取ると「もう大丈夫そうだね」と言い、ゆっくりと立ち上がる。
まだ濡れて乾かない服の袖をめくると、座っている私に言った。
「僕はもう戻らなきゃ」
突然の言葉に私は「待って」と思わず声を上げていた。
彼のスボンの裾を掴むと、顔を横に思いきり振る。
「まだお別れしたくない」
我儘だと自分でも思いながら、でも言わずはいられなかった。
こんな森で出会うなんてそんな偶然がまたあるとは思えなかった。
名前しか知らない少年、出会ってから数分しか経たないのに同じ境遇からか、
いつの間にか自分にとって大切な存在になったような気がした。
それなのにもうお別れなんて。
彼は屈むと私の手をそっとズボンから離し、ぎゅっと握った。
「明日の夜。また此処に来れる?」
「・・・うん!!」
嬉しくて恥ずかしいぐらいに思わず声が大きくなった私に、
「分かった、じゃあまたその時に」
彼は優しく微笑んだ。

そしてその日から度々私は夜、森へ行っては彼と会った。
会う度に彼の優しさに触れ、どんどん好きになっていった。
きっと彼も私を大切に思ってくれていたと思う。
あの突然の別れが来るまで、私の心はただ彼だけに満たされていた。

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