FC2ブログ

3-4 封じられた記憶(1)

 31,2016 14:02



数年前に私の国は一つの戦争をしている。
自国の直接的な被害はさほど酷くなかった。
しかし敵国、またその同盟国であった幾つもの小国家は多大な被害を受けたという。
それを色々な書物、大臣達から知らされ
また幼いながらも遠巻きではあったがその様子を見ていた私だったが、
その現場が如何様なものであったかは、想像しきれるものではなかった。
しかし今ならそれができる気がした。
私は呆然と目の前に広がる光景を見て立ち竦んでいた。
そこは、紛れもない戦場だった。

4

人々が逃げ惑う叫び声が止むことなく、辺りに響いていた。
道にの至る場所に、幾つもの死体が消耗品のように重ねられている。
私は、一番近くに横たわる人の顔を恐る恐る覗き込んだ。
女性だった。
目は白目をむき、血の気のない舌はだらり口から出ていた。
飢餓と言ってもいいほどに、がりがりと痩せ細った体は骨ばっており、
きっと苦しみや痛みからもがいていたのだろう、土を長い爪で引っ掻いた跡がある。
しかしおそらく致命傷は刃で貫かれている腹部の傷だ。
大きく開いた腹部はまだ血で湿っており、殺されてからさほど時間が経っていないのが分かる。
私は思わず後ずさりした。
その間も、周りでは人々があちらこちらへ混乱した様子で逃げ惑っている。
辺りの建物はどれも壊れており、破壊された壁は鋭利な刃物となって剥き出しになっていた。
空は、見たこともない赤色の空だった。血の色だった。
此処は一体何処なのだろう。
何故私はこんな場所にいるのだろうか。
もしかして―
「・・・本・・・?」
あの本が私を此処へ連れて来た・・・?
呆然と口元を押えて立っていると、誰かが私にぶつかた。
私の方が体が大きかったからだろう、相手は後ろに倒れ、怯えたように私を見た。
小さい女の子だった。
綺麗なブロンドの髪が真っ黒な煤で汚れ、
顔は可愛い顔立ちをしているが傷だらけで、とても痛ましい姿をしている。
「・・・!お姉さんも、早く逃げなきゃ」
少女は潤んだ瞳でそう言った。
咄嗟に、お家の人は?と聞きそうになり口を噤んだ。
一人でいるのに、そんな馬鹿げた質問をできるはずがない。
「・・・此処は何処?」
代わりに私は少女にそう訊ねた。
しかしその答えが返ってくることはなかった。
一瞬目を閉じた短い間だった、瞬きをするとそこには目を見開く少女の姿があった。
細い首には一本の矢が刺さっていた。
ひゅっひゅっと少女は空気の抜ける音を喉から出して、私をただ見つめていた。
その瞳にどんどん雫が溜まっていく。
私は悲鳴を上げた。
少女は首からだらだらと血を流しながら、ゆっくりと倒れた。
そこへ更に一本、二本と弓が刺さる。
私は屈み込んで、少女の体を軽く揺さぶった。
反応はない、もう息をしていなかった。
「いや・・・いや・・・・」
少女に未練を抱きながらも、咄嗟に私はその場から逃げた。
足がもつれ、沢山の死体に躓きそうになるも私は走った。
「これは一体何なの!?・・・・・・!」
ふと目の前に鎧を来た兵士と思われる姿をした人が見えて、私は建物の影に隠れた。
背を低くして、息を殺す。
心臓がばくばくと早鐘を打っている。
どうか気づかれませんように、そう必死で願いながら様子をこっそりと窺った。
もしかしたらこの国にとっては敵国の兵なのかもしれない。
見つかったら、きっと殺される。
しかしそうでなければ・・・この国の兵ならば、何か聞けるかもしれない。
ただ、その二つを判断するための方法を私は持ち合わせていない。
「どっち・・・?」
だがすぐに、その兵士の正体を私は知ることになる。
私は息を殺して様子を見ていたが、誰かの気配を感じてはっと視線を兵士から左に移した。
そこには地面を這って兵士に近づく男がいた。
歳は三十ぐらいだろうか。
よく見ると左足が膝より下がなく、大量の血がだらだらと流れている。
痛みに耐えながら、先ほどの女性と同じように骨ばった手で男は必死に前へと進んでいた。
まるで兵士の所に行こうとしているように見えた。
耳を澄ませば騒音の中、微かに男の声が聞こえた。
「兵士様・・・助けて・・・」
助けを請う声。
ということは、この兵士はこの国の兵士に違いない。
兵士は男に気づいたようで、初めは無言で自分に近づいてくる様子を見ていたが、
男に視線を近づけるようにしゃがみこんだ。
私はてっきり治療、とまではいかなくても何か救いの手を差し伸べるのだろうと、
そう思ってみていた。
しかしその期待は残酷にも裏切られた。
私は叫び声を上げそうになるのを懸命に堪えた。
兵士は自分の持っていた剣で男の背中を突き刺したのだ。
男は絶望したように兵士を見つめ、そして力失くして動かなくなった。
― 何故?
私は涙で視界が滲むのを感じた。
兵士が何故自国民を殺すのか。
「狂ってる・・・」
兵士は高揚した目つきで死体を見下ろすと、一度その頭を蹴って遠くへ歩いていった。
私は震える足を何とか立たせて、立ち上がる。
此処から離れなくては。しかし、何処へ?
何処までも真っ赤な空が続いている。
そして私は確信した。逃げ場所など、何処にもないのだということを。
その後もあまりにも惨い惨殺を何度も目にした。
私は何もできなかった。
ただ自分の所へその手が及ばないようにと、息を殺し身を潜めることで精一杯だった。
血も、焼けた灰も脂肪の匂いも、叫び声も、熱い空気も、
全て生々しくてこれは本の世界でなく、現実なのだと感じた。
過去か現在か未来か、一体何処の国の何時の出来事なのかは分からない。
分かることは、何かが狂っているということだけだった。
私はふらふらとした足取りで、瓦礫の間を周りに誰もいないか注意しながら進んだ。
そして遠くに一つの建物が見え、足を止めた。
とても高い塔が目の前にそびえ立っている。
周りの建物が崩壊しているのが嘘のように感じられるほど、
その塔だけは何処も壊れている様子はない。それが異様だった。
塔の下には逃げ延びた人々が懇願するように手を天に上げ、空を仰いでいた。
(…あの塔は何?)
多くの泣き声の中に、不意に罵声が聞こえた。
「この暴君が!!」
塔の下で眉を釣り上げながら、大声で怒鳴っている。
周りの者が「駄目だ」と制止するのも聞かずに、男は同じ言葉を繰り返す。
しかしその怒りの声はぷつりと途切れた。
幾数もの矢が上から降り注ぎ、男を射ぬいたのだ。
またその弓の狙いはとてもいい加減だったのだろう、
憤っていた男だけでなく、近くにいた者も体を貫かれていた。
私は塔を見上げる。
そこにいたのは矢を構える兵士と、煌びやかな装飾品と衣服を身に纏っている男だった。
あれが誰なのか、私でも想像するに易かった。
男の頭には光り輝く王冠がある。この国の王なのだろう。
王は大きく口を開けて、狂ったように笑い続けている。
如何してこの状況でそんな風に笑っているのだろうか。
酷い嫌悪感がしたと同時に、得体の知れない恐怖を感じた。
男は塔の下の大勢の人間を見下ろし、口を緩ませた。
何かを喋っている。しかし私の位置からはその言葉を聞きとることはできない。
私は自分の腕を抱いた。
狂っている。
おかしい、この世界はおかしい。どうか早く!早く元の世界へ。
そう願ったその時だった。私の横を何かすっと冷たい風が通った。
視線を横に向けると、私を追い越して塔へと近づいていく小さな人を見つけた。
背の低さから言うときっと幼い子どもだろう。
フードを被っていて、その子どもが男か女かは分からない。
小さな子どもは、真直ぐに塔の麓へと歩いていく。
何故か私はその子に意識を引きつけられ、その後ろ姿を目で追った。
「・・・」
この子もまた狂った王に命の許しを請うのだろうか。
それがきっと無駄なことだと分かっていても。
どうしようもない切なさを感じた。後を追って「行かない方がいい」と言おうとした-その時だった。
熱風で子どもの被っていたフードが取れた。
ふわりと風で揺れる短く美しい髪。
その色は私がよく知っている色だった。
「・・・カナリア色・・・・・・」
まさか、と思った。
同じ髪色をしている別の少年だ、と思ったのは一瞬だった。
何故か私は根拠など何もないというのに、確信したのだ。
王子だ、と。
硬直したように私は王子を見つめた。
何故彼が此処にいるの?こんな場所で何をしているの?
「!此処は・・・」
考えられることは一つしかなかった。
これは現在ではない、幼い王子の姿を見れば過去なのだと気が付く。
確か本のタイトルは、「記憶」だった。
つまり、これは王子がいた数年前の世界だというのか。
私はやっと歩き出す、王子の元へ早くたどり着きたかった。
そして安全な所へ移動するように言いたかった。
イズミと再会したという未来があるから、ここで王子に命の危険があるとは思わなかった。
でも、こんな危ない場所に彼がいるというだけで私は気が気ではなかった。
この過去が確実な過去とは限らない。
未来に影響しないなど、どうして言い切れるだろうか。
喚き呻く人々の間を無理に私は潜り抜けていく。
あまりの人の多さと熱風に息苦しくて、少し上を向きながら必死に酸素を探した。
その間も王子はゆっくりとした歩みで塔へと歩き続ける。
私の近くでまた王に対する罵声が上がった。
先ほどの殺戮の矢の雨を思い出す。
足を速めその場を離れようとしたが、前には人の壁が立ちはだかり進めない。
私は咄嗟に後ろへと後ずさりした。
本当に間一髪だった。罵声を上げた男の元へ、私がいた辺りに再び矢が降り注いだのだ。
ばたばたと人形のように数人が地面へ崩れ落ちた。
目の前の男は眼球に矢が突き刺り、
しかし命を落とすまでには至らず残酷な酷い痛みに悶絶し絶叫している。
私は目を逸らし、王子の元へと急いだ。
だが、今の少しの時間の間にその姿を見失ったようだ。
焦ったように辺りを見回せど、王子の目立つカナリア色の髪は見つからない。
「すみません、・・・退いて!」
狂ったように ふふふふふ、と笑って手を空に掲げている女性を押し退けて、
人ごみの薄い場所へと移動した。はあはあと荒い息が口からこぼれた。
唾をごくりと飲みこむと、私は周りを見回した。
そして私は彼を見つけた。
人々の最前列、しかし塔から数メートル離れてぎりぎり上を眺められる位置に王子はいた。
カナリアの髪が風でゆらゆらと揺らめいている。
その横顔が見える。切なげに彼は上を、王を眺めていた。
王は高笑いをしながら、髪を掻き毟りながら何かを叫んでいる。
王子の口が微かに動いた。
幼い細い彼の右手が王へとまっすぐ伸びる。
まるで慈悲を求めているかのように弱弱しく、手のひらは震えているようにも見えた。
だが次の瞬間、その手は強く握られ、自分の背中へと移動する。
そして彼が掴んだものは弓であった。
黒い、幼い彼の物にしては大きすぎる弓に彼は矢をそっと構えた。
私は目を見張った。
矢は真っ直ぐに王の方へ向いていた。

― 「暴君と恐れられる王が、僕の父親だ」

いつかの会話が蘇って私は気づいた。
この塔で狂人と化している王は、王子の父親だ。
王子は、自分の父を自らの手にかけようとしているのだ。
「・・・待って!!」
私が思わず駆け出したのと、その矢が放たれたのは同時だった。
彼の矢は正確に王の方へと跳んでいき、そして王の胸を貫いた。
その瞬間王の動きは止まった。
両手を広げたまま、唖然と天を見つめていたが違和感を感じ自ら胸に視線を落とす。
そして胸を貫いた一矢を見た時にはもう遅かった。
ぐらりと大きな体が傾く、横にいた兵士が咄嗟に王に手を伸ばしたが間に合わなかった。
塔の頂上から王が真っ逆さまに堕ちていく。
観衆がざわめき、甲高い女性の叫び声がこだました。
私はその墜落点を見て、目を見開いた。
王子は降ってくる王を受け止めるかのように、切なげに微笑み両手を広げている。
何をしているの!?
あのままぶつかってしまったら王子は。
心中。その言葉が脳を過った。
まさか彼は王を-父を殺して、そして自分も死のうとしているというのか。
「嫌・・・!」
走っているが間に合わない、王と王子の距離は急速に縮まっていく。
私は絶叫した。
「「駄目えええええええ!」」
その瞬間、世界は赤い光に包まれた。
周りの観衆も王も王子もその光で何も見えなくなる。
強烈な光に目を閉じているとは、すぐ傍で幼い少女の声がした。
「・・・王子、あなたは絶対に死なせない」
薄く瞼を無理に開けば、私の隣に一人の少女が立っているのが見えた。
赤い色の長い髪が顔を隠しているために、その表情は見ることができない。
だが私はその少女が誰だか分かった。
「アイナさん・・・」
弾かれたように少女は私の方を見た。
少女は目を丸くし、あどけない表情で私を見つめ返した。
そして一呼吸おいた後、全てを悟ったかのように彼女は言った。
「― オネット。私はあなたが嫌いよ」
私を見上げるその瞳は純粋な輝きを放っていた。

体が誰かに掴まれるように後ろへと強く引っ張られた。
元の世界へ自分が戻っていくのを感じた。
私の体は空へと浮かび上がり、少女との距離がどんどん開いていく。
はっとして私は塔の方へ向けた。
塔の足元に横たわっているのは王一人だけだった。
王子は何処にもいなかった。
「王子・・・」
私の呟きともに、その世界は閉じられた。

→menu


スポンサーサイト



Comment 0

Latest Posts