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3-5 ずっとあなたを愛していた(2)

 03,2016 10:32



アイナさんが魔法をかけた途端、私の体にビリッと電気のようなものが走った。
そして羽が生えたかのように体が一瞬軽くなった後、手足の感覚がそっと元に戻った。
手を広げて見ていると、アイナさんが言った。
「あなたにかけていた魔法は完全に解いたわ」
「本当に・・・」
私、元に戻ったの?
「本当よ。あなたが望んだ通りに」
その言葉に言い表せられない感情が押し寄せて、両手をぎゅっと握りしめる。
元に戻った。これでやっと、王子に思いを伝えられる。
あの夜に戻り、私は自分の気持ちを。
「よかったな、オネット」
横にいるセンリが優しく微笑みながら私に言った。
喜びを隠し切れないまま素直に頷くと、アイナさんが言った。
「・・・そうだわ、あなたにもう一つ言うことがあったのよ」
「言うこと?」
「イズミ王子が、森の入り口まであなたを迎えに来ているわ」
「・・・?!」
アイナさんは部屋に飾られていた楕円の大きな鏡に手を翳した。
するとそこには、アテナと森の堺の風景が映った。
夜が訪れた暗い森に人影が見える。
それは白馬に乗って、森へ入ろうとしているイズミの姿だった。
「イズミ・・・」
私を迎えに来てくれたの?
鏡を驚いて見つめている私に、アイナさんは静かに言った。
「あなたがいなくなってから、この森が怪しいってすぐに気づいたようね。
ただ王子であるが故にすぐに探しに来ることはできなかったみたいだけど」
「早く王子の元へ行かないと・・・!」
「そうね。イズミ王子なんて、獰猛な野獣に立ち向かえるかどうか微妙なところだものね」
その言葉に思わずアイナさんを睨むと、
アイナさんは飄々として「おお、怖いこと」と嬉しそうに笑った。
ここから森の入り口に戻るにはどれだけの時間がかかるだろうか。
この城に来るまで十日以上かかっているというのに。
するとセンリが思いついたように提案した。
「アイナの魔法で何とかならないのか?」
アイナさんは一瞬不機嫌そうにセンリを睨むと、大きくため息をついた。
「森の地形は元には戻してあるけど・・・はぁ、しょうがないわね。
イズミ王子の所へあなたを飛ばしてあげる」
「・・・え?本当に?」
「何度もしつこく聞くと止めるわよ。一人ぐらいなら、この距離なら飛ばすことぐらいできるわ」
飛ばすとは、言葉の通り飛んでいくのだろうか。
そう思っていると、アイナさんは空間を移動する魔法があるということを教えてくれた。
「お願いします」
私は素直にそう言うと、アイナさんに頭を下げた。
王子が待っている。
王子に、会わないと。
「それなら、さっそく移動させるわよ。少し時間がかかるけど」
そう言ってアイナさんは詠唱し始めた。
部屋に彼女の澄んだ声が響き、私では到底覚えきれないような長い呪文が続いていく。
時間がかかるとは詠唱に、ということだったらしい。
私はアイナさんの言葉を聞きながら、はっとしてセンリとニックを振り返った。
戻るということは、お別れをしなくてはいけないということだ。
私はしゃがみ、ニックに目線を合わせた。
ニックが目を潤ませながら私のことを見た。
「ニック、私は・・・あなたの明るさに勇気と力を貰ったの。
あのまま、お別れにならなくて本当によかった。大好きよ、ニック」
「っ・・・はい!」
涙声でニックはそう言うと、私に抱きついてきた。
ニックの方からこうしてくれるのは初めてだったかもしれない。
私はそっと柔らかなその体を抱きしめ返すと、もう一度言った。
「大好き」
腕の中でニックが「ぼくもです」と言ったのを聞いて、胸が締め付けられた。
名残惜しさを感じながら、私はニックの体をそっと離した。
そして次にセンリの方に視線を移す。
センリは笑っているものの、少し眉を下げて私を見ていた。
― ああ。
「センリ、」
その名前を呼んだ瞬間だった、いきなり嗚咽が零れそうになって口元を抑えた。
目からぼろぼろと熱い雫が零れ落ちていく。
ああ・・・ちゃんとお礼を言わなくてはいけないのに。
もっと話をしてから、お別れしたかった。
こんな短い時間で私は一体何を伝えたらいいのだろう。
「センリ・・・っ」
思いが溢れてふっと足の力が抜けた。
立てなくなった私の腕を咄嗟に掴み、センリは私の体を支えた。
「オネット」
名前を呼ばれ、私は息を呑んでセンリを見つめた。
センリは私の両手を自分の両手で繋いだ。
そして言ったのはただ一言だけ。
「必ず、幸せになれるから」
私は目を見開いた。

センリ、私は。

待って。
お願いもう少しだけ待って。あと少しだけでいいから、時間を―!
そう願った時には遅かった、アイナさんの詠唱は完成した。
「     ―!」
アイナさんが大きく最後の呪文を唱えた瞬間、
私の手が足が体がすっと軽くなり、そして透明になっていく。
驚いたようなセンリの顔が、最後、切なそうに歪められたのが見えた。
「・・・っセンリ!」
私の声はもうセンリは届かなかった。



そして視界は白くなったかと思えば、やがて深い緑色を映し始めた。
そよそよと緩やかな風が流れ、周りから葉が擦れる音が聞こえてくる。
私は木に囲まれていた。
ここは森の中だ。
魔法でここまで戻ってきたのか。
そう思っていると唐突に後ろからその声はした。
「オネット・・・?」
弾かれたように振り返れば、そこにいたのは私がずっと会いたかったはずの人。
綺麗なカナリアの色の髪は、馬に乗って走っていたせいか少し乱れている。
イズミは私を見ると、馬からいきおいよく降り、私に向かって駆け出した。
思わず私もイズミの方へと歩き始める。
最後に会ったのはこの森の湖、あの悲しい夜だった。
イズミは私の前まで来ると、呼吸を乱しながら私を見つめた。
「イズミ・・・」
その名前を呼べば、嬉しそうに目が細められた。
「オネット、大丈夫?ずっと森にいたの?怪我はない?」
次々にされる問いかけに、私はうんうんと頷いた。
ずっと心配してくれていたんだ、そう思うと胸が熱くなるのを感じた。
そっと腕を掴まれると、私は彼の胸の中へと引っ張られた。
「君に会いたかった・・・」
ぎゅっと強く抱きしめられれば、私は彼の胸に顔を埋めて目を瞑った。
やっと会えた、その実感がやっと少しずつ感じられ始めた。
冬の近い冷たい外気は、しかし王子の腕の中にいると少しも寒いと感じない。
私はこの温もりの中に本当に帰ってきたのだ。
旅は長かった。
傷ついたことも悲しかったことも沢山あった。
でも旅をして知らなかったことを知ることができた、きっと得たものも沢山ある。
私は前の私より少し強くなったのを自覚していた。
そしてもう、
「イズミ」
もう魔法は解けた。
今は、あの日の夜と同じだ。
私は自分の思いを伝えなくてはいけない。
「イズミ、聞いて」
思いを。
イズミは私をそっと離し、だけど腕を優しく掴んだまま私を見下ろした。
「私は魔女に魔法をかけられていたの。
あの夜私は、あなたに”愛している”と伝えたかった。だけど伝えられなかった。
だから魔女の所へ行って、魔法を解いてもらったの」
「うん」
「それで、その旅で私はあなたの過去を知った。悲しい過去を。
あなたは覚えていないかもしれない、だけどきっとあなたはその胸に苦しい思いを抱いている」
「・・・・・・」
「気づかなくてごめんなさい。忘れていることを責めてごめんなさい。私、私・・・」
そこでふと私は言葉を切った。
一体私は何を言っているの?私が言いたかったことはこういうことじゃなくて。
私が真っ先にイズミに言いたかったことは。
言いたかったことは―・・・?
「オネット」
イズミは微笑んだまま言った。その一言が私のすべての考えを停止させた。
「君は僕を愛してくれている?」
私は息を呑んだ。
そうだ、私は愛しているとそう言うはずだった。
でも、言わなかった。否― 言えなかった。
自分が言うはずだった言葉を、逆にイズミから聞かれて私は自分の思いに気づいた。
愛していると言えない理由なんて一つしかない。

私は彼を、愛してはいないのだ。

自分自身に愕然とした。口元を抑えて私は一歩彼から離れた。
悲しそうな笑みを浮かべてイズミは、私の様子を黙って見ている。
魔法は解けたはずだ。愛していると言おうとすれば、きっときちんと言葉になる。
だけど私の心がそれを拒んでいる。
まさか。いいえ違う、やっぱりそうなんだ。
自覚していなかったわけではない、何となく自分の思いに変化があることに気づいていた。
それでも旅の目的は、最後まで私が頑張ろうと思ったのは、
イズミに思いを伝えたいという気持ちが一番にあったからだ。
だけど、それは愛しているということではない。
だって私が愛しているのは、愛してしまったのは・・・!
ふと頭の中に、常盤色の彼の姿が過った。

― センリ。

「ごめんなさい・・・」
やっと零れた自分の言葉はあまりに身勝手なものに思えた。
だけどそれは正直な自分の心が言った言葉。
「そう。君が魔女の所へ行く間に何があったか、僕は知らない。
だけどやっぱり君は僕を愛せないというんだね」
私は今度は自分の意志で、きちんと自分の思いを伝えなくてはいけない。
「ごめんなさい・・・私は」
頬を涙が滑り落ちた。
「違う人を愛しています」
ずっと王子と一緒になることを夢見ていた。そしてそれが一番の幸せだと疑わなかった。
何年も彼を待ち続けていたのは、恐ろしい魔女の元へと行こうと思ったのは、
幼い頃から王子を本気で愛していたからだ。
それなのに、こんな結末が来るなんて思ってもいなかった。
だから、これでいいのかと心の何処かで私は私に不安げに問いている。
だけど間違いなく私が愛しているのは、センリだった。
「分かったよ」
イズミはそう言って微笑んだ。
その微笑みが何処か不自然なものに感じられて、私は申し訳なさを感じて俯く。
「君はよほどその相手のことが好きなんだね。その相手にはもう思いを伝えたの?」
私は顔を横に振った。
・・・そうだ、センリに。センリに会いに行かなくては。
「ごめんなさい。
私の一方的な思いであなたに近づいて、沢山心配してもらったのに、こんな裏切るようなこと」
「仕方がないよ、心は嘘をつけないから」
「私、彼に会いにいかなくちゃ…」
「・・・・・・」
私はイズミに頭を下げると後ろを振り返る。そこには元に戻った森があった。
センリ。
初めて会った時は、アイナさんの幼馴染だと聞いて疑ったこともある。
だけど旅をして沢山助けてもらって、元気を貰って、励ましてもらって、
センリがいなかったら私はきっと旅を終えることも、次に進むこともできずにいた。
一番のきっかけなんてない。
一緒にいるだけで少しずつ彼に惹かれていたんだ。
どうして一緒にいる時に素直に気持ちに気づけなかったの?
あんなに近くいたのに、離れたくなかったのに。
会いに行かなくちゃ。
私はイズミを振り返ることもせず走り出した。
早く会いに行かなくちゃ。
しかし、それはすぐに誰かによって阻まれた。
左右の茂みから物音がして、誰かが飛び出してきたかと思えば、
一人が私の腕を掴み、そしてもう一人が私の腹部に拳を―・・・。
鈍い痛みを感じて私は唸り声を上げた。
急速に世界が閉じていく。
やがてまた別の足音が近づいてくるのが分かった。
「君が誰を愛していようともう関係ない・・・だって君はもう僕のものになるんだから」
遠くなる意識の中、温度の感じられない冷たいイズミの声を聞いた。
「セン・・・リ・・・」
私はそのまま気を失った。

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