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3-5 ずっとあなたを愛していた(3)

 03,2016 10:32



◇ ◇ ◇

俺はオネットがいなくなった場所をずっと見つめていた。
心の中で整理しきれない感情がぐるぐると渦巻き、言葉が出てこない。
これでよかったんだ。やっと彼女は幸せになれる、ずっと思い描いていた幸せに。
「センリ」
アイナが俺の名前を呼んだ。
「追いかけなくていいの?」
「追いかける?・・・なぜ」
アイナはまっすぐに俺を見つめ、静かに言った。
「だってあなた、あの子のことを愛しているんでしょう?」
澄んだ瞳が、俺の心の中の隠していた感情をまるで戒めるかのように見つめている。
言葉に出されたのも、また出したのもこれが初めてだった。
「ああそうだな、俺はオネットを愛していたよ」
俺は小さく笑った。
オネットに惹かれているのは、十分に自覚していた。
きっかけは何だったろうか、自分の過去を話したことだったろうか。
初めて会った時は、危なっかしくか弱い女の子だと思って守ってやりたい思った。
しかし一緒に過ごしていくうちに、オネットは弱いわけではなく、
実は心が優しく強いというのを知り、少しずつその心に惹かれていった。
だけど、俺はオネットの幸せを邪魔する気は全くない。
この俺の感情はオネットの旅に一番あってはいけないものだった。
だから、伝えようとは思わなかった。そう、最後まで。
「俺はオネットの幸せを祈っている。もう会えなくとも」
幸せでいてくれればいい。
それだけで俺の心は救われるはずだから。
ふと足元を見るとニックが心配そうに俺のことを見上げていた。
「そんな目で見るなって。これでいいんだ」
そう笑って言ったが、ニックの表情は変わらなかった。
オネットは今頃王子と再会しているだろうか。
獰猛な獣はもういないとは思うが、無事に城まで帰れるだろうか。
そう思いながら俺は、アイナの方を見た。
幼馴染のアイナはいつからか黒い服を身に纏い、自分のことを自ら強く魔女だと主張した。
アイナがオネットの王子を知っていて、そして好きだったというのは正直意外だった。
幼い頃から一緒にいるが、そんな素振りを見せたことはなかった。
だが、きっとその思いは強かったに違いない。
アイナらしくない方法だったが、必死に自分の気持ちを大切にしていたということだろう。
「俺はしばらくまた旅に出るよ。サーヴァリアから離れて、これからのことを考えたい」
この旅でオネットへの思い以外に決定的に変わったことは
過去への自分の気持ちの清算ができたことだ。
あの過去を受け止めることができたことで、これからの自分の道が変わったように思えた。
「・・・本当にそれでいいの?」
「ああ」
俺はニックとアイナに簡単に別れの挨拶を済ませた。
この二人とはまたいつか出会うと思うから、寂しいとは思わなかった。
まずは自分の故郷を探そうか。
そう思ってドアノブに手をかけた時だった。
「待ちなさい」
その言葉に振り返ると、アイナは両手に水晶球を乗せ真剣な目でそこに映るものを覗きこんでいた。
俺のところからはアイナが見ているものは見えない。
「ようやく気づいたのね」
深いため息と共にアイナがそう言葉を吐き出すと、短く何か呪文を詠唱した。
俺は咄嗟にドアノブから手を離した。
突如ノブが蒼い焔に包まれたからだ。
数秒すると炎は小さく消えていったが、それと共にノブが姿を消していた。
「なっ・・・!」
試しに扉を押してみるが全くびくともしない。
これではこの部屋からは出られない。
「アイナ…?」
アイナは水晶球をそっとテーブルに乗せると俺の方を向いた。
「気づくのが遅くてもうどうしようもないかと冷や冷やしたわ。
本当に手がかかるんだから」
アイナが何を言っているのか全く理解できなかった。
訳が分からず、アイナの所へ詰め寄ろうとしたが、
足が石のように動かなくなっていることに気づいた。
手も空中で見えない糸に吊るされているかのように動かない。
アイナさんはかつんかつん、と靴音を響かせながら俺に近づいた。
「…アイナ、お前一体何を?」
アイナは無言のまま急に俺に顔を近づけた。
反射的に目を瞑ったが、唇に感じた柔らかさにすぐに目を開いた。
アイナは俺に接吻をしたまま俺の胸元に手を入れると、
首から下げていたペンダントを取り出し、いきおいよくそれを引っ張った。
古いネックレスの鎖は簡単に千切れた。
「これはやっぱり返せないわ」
アイナは俺から離れた。
机の上にペンダントを置くと、棚の中に入っていた鋭いナイフを取り出した。
何故そんなことをするかは分からない、だけど何をしようとしているかが分かった。
制止する暇さえなかった。
アイナはにやりと笑うと、ナイフをテーブルのネックレスに向かって思いきり振り下ろした。
「さあ、今こそ真実を知りなさい」
鈍い音がしてネックレスのダイヤが砕けた。
その瞬間ネックレスから強烈な眩い光が放たれて部屋を真っ白に変えた。
それと同時に俺は身動きが取れるようになった体で蹲る。
頭が割れそうなほどに痛い。
急に吐き気と悪寒と頭痛がして、頭を強く手で抱えた。
何だこれは・・・。
「センリ」
誰かが俺を呼ぶ。
幼い子どものような高い声だった。
「センリ」
どうしてそんな嬉しそうな声で俺を呼ぶのだろう。
君は。君は、誰?
「私は―      」
俺は目を見開いた。
色々な情景が頭に、そして視界に、全ての感覚に流れ込んできた。


「あなたが生きていてくれることが、私の最後の願いよ」

  「大丈夫。だからもう振り返らずに、行きなさい」

(― あの忌まわしい檻での、母とわかれた夜)


「わたしはアイナ、あなたはセンリ・・・だよね?」

  「ぼくはセンリって言うの?」

    「あなた、何も覚えてないの?」

(― 初めてアイナに出会ったあの日。)


「お前はただの人間にしては素質がある。一つ魔法をくれてやろう」

  「魔法・・・?」

   「そうだな、幻術なら使えるだろう。姿を変える魔法だ」

(― ロキサニーが俺に魔法を教えたあの日。)


これらは全て覚えている、しかしそれならば。

「戻ってきたか、息子よ」

この男は―?


急に視界は森へと変わった。
サーヴァリアの森の中心の湖、そこに俺はいた。
零れ日が木々の隙間から差し込み、地面に幾つもの光の絨毯を作っている。
気が付けば横に小さな女の子がいる。
女の子は両膝を怪我しているのだろうか、何故かヨモギの葉を乗せて、
俺に笑顔で何かを話している。
ブロンドの髪が日に当たり、湖の水面に負けないぐらいにキラキラと輝いている。
(・・・・・・!)
それが誰か気づくのには時間はいらなかった。
愛しさなのか切なさなのか俺は彼女を直視した。
どうして彼女が此処にいる?
・・・違う、彼女じゃない。

どうして”俺が”此処にいる?

彼女は楽しそうに俺に語り続ける。
「あなたの名はなんて言うの?」
俺は答えない。驚いて何の声も出なかった。
これは現在じゃない、過去なんだ。
そう思ったと同時に気づいた、気づいてしまった。
まさか、と思った。
彼女は俺に微笑んだ。
「いい名前ね、センリって」
その言葉と同時に全てを思い出した。


「そうだな、試しに自分の髪色を変えて見せろ。お前のその髪は森では目立ちすぎる」

  「お母様はあなたの全ての記憶を・・・?」

「見つけたんです、僕は、守りたいと思う人を」

  「あなた・・・どこかの国の王子?」

     「必ず戻ってくるから」


「―センリ王子、大好きよ」


嘘だ。
そう呟いて頭を振った。
(オネットが待っていたのは ― 俺)
しかし嘘でないことは自分が一番よく分かっていた。
俺は全てを思い出していた。失くしていた記憶全てを。
自分が一体誰で、そして幼い頃誰と愛しい時間を過ごしていたのかを。
拳を思いきり握れば手のひらに自分の爪が食い込むのを感じた。
馬鹿だ。どうして気が付かなかった?
彼女が探していたのは、追っていたのは、他ならぬ自分だったというのに。
「あなたが思い出せなかったのも無理はないわ。
だってあなたの記憶はそのペンダントにお母様が封じてしまったから。」
「・・・・・・!」
「センリ、今からでも遅くはない」
アイナは静かに言った。
「だってあなたは彼女との約束をまだ果していない」
「っ・・・!」
気が付けばドアノブは元あったように扉に戻っていた。
俺は咄嗟に扉に手をかけて勢いよく開き、そして走り出す。
脳裏に過ったのは遠い昔のある日の夜。
"必ず戻ってくるから"
あの俺の言葉を、もう何年も彼女は信じ、
そしてその願いを叶えるために此処まで来てくれたんだ。
胸が熱くなって、切なさに酷い吐き気を覚えた。
会いたいと願っていたのは彼女だけじゃない、俺だって、ずっと彼女を!
「どうして思い出さなかったんだ俺はっ・・・!」
あんなに。
あんなに、近くにいたのに。


* * *


「本当に馬鹿な人達よね。
こんな旅さえしなければ、姫は偽りの王子の元に戻ることはなかった」
「だけど、そのシナリオさえ屈折させたのは君ですよ」
「・・・そうね」
「これでアイナ、君は本当によかったんですか?」
ぼくが彼女にそう訊ねれば、彼女はぼくに背を向けて窓から外を眺めた。
何かを見つめている、それがセンリさんだということはすぐに分かった。
寂しそうな背中は、何も語らない。
「あんなにも愛していたのに、」
その姿があまりに悲しくて、ぼくは耐えきれずに残酷な質問を彼女に投げかける。
「どうしてセンリさんを手放したんですか?」
アイナは振り返った。悲痛な笑みを浮かべてぼくを振り返った。
真っ黒な衣装に身を包む彼女は、魔女という存在を自分に無理やり植えつけているように思えた。
人々が思い描く、非道で残虐で恐ろしい魔女。
しかし本来の彼女は、その真逆の心の持ち主だということをぼくは知っていた。
命を大切にし、とても心優しい。それ故にとても悲しい人なのだと。
「愛していたからよ」
そこでアイナは笑った。
無理に笑みを作っていることは見れば分かる。
必死に泣きそうになるのを堪えて、
「愛していたから、あの人の幸せを願わずにはいられなかった」
それでも彼女は笑うのだ。
ぼくはアイナの傍に駆け寄ると、足元に縋り付くように身を寄せた。
本当にこの人は悲しい人だ、だけどこの人のこの悲しさがぼくには愛しかった。
「馬鹿ですね、君は・・・」
「でもそれはお互い様でしょう?…あなただって」
ぼくにとってはアイナが何よりも大切で、ぼくの中の一番は彼女しかあり得ない。
だからぼくはアイナの幸せを邪魔するものは何であっても許すべきじゃなかった。
初めアイナが何をしようとしているか知った時、
そのあまりにも一途で悲しい計画に、ぼくは憤慨してそして阻止すべきだと思った。
だけど、今なら分かる。
彼女の思いが、ぼくにも。
「あなただって私のために、そして彼女達のために、その身を犠牲にしたんだから」
頭を過ったのは財宝室に隠されていた双子座の箱。
あの箱を彼女から渡された時には、その中身が何なのかぼくは知っていた。
あの兄箱にはセンリさんの過去の記憶がつまったあのペンダントが入っていた。
そして弟箱、あの中には -ぼくが人間に戻るための魔法が封じられていた。
ぼくは彼女らに兄箱を開けるように言った。
彼女達はぼくを信じて、兄箱を開けてくれた。そして弟箱は開かれることもなく消滅した。
これでもうぼくが元の姿に戻る方法はなくなった。
人間にはもう戻れない。
だけど。
「いいんですよ・・・ぼくは」
彼女の柔らかな肌に触れてぼくは目を瞑る。
「こんな手であっても君に触れることができるから・・・君の近くにいられる、それだけで充分なんです」
アイナの幸せだけでない、
オネットさん-彼女の幸せも祈ってしまった代償というのならば、受け入れられる。
後悔はしていなかった。
素直な気持ちでぼくは祈った。
「アイナ、幸せになってください」
そしてオネットさん、センリさん、あなた達も。

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