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3-6 真実(1)

 03,2016 10:33



あの国の王子は自分しかあり得ない、と記憶を取り戻した今だからこそ言える。
自分にはやるべきことがあった、他の誰にもそれはできない、
あの男の息子である自分でしか。

6

メルディス国。
その国は自分の父の国だった。
近隣のカルヴァン大国と同盟を結び、交易を行うことでなんとか存続していける小国家・・・とはいえ、
貧しいながらも人々は活気に溢れ、小さな土地の中だが生き生きと生活をしていた。
穏やかに国は続いていくはずだった。
しかし、その情勢を修復不可能なほどに捻じ曲げた男がいたのだ。
それが父だった。
父は国の命の綱でもあった森を破壊すると、その場所にリヴァウムという施設を作った。
リヴァウム、それは魔女製造人体実験場。
その場所には村から女や子どもが連れてこられ、魔女であるかどうかを実験させられた。
魔女が発見されるのは0.001パーセントの確率にも満たず、
奇跡的に見つかった場合はすぐに究極の兵器として軍隊へと回された。
では魔女でなかった他の者は、家へと帰されたかと言われればそうではない。
魔女のように魔術が使えないか、ありとあらゆる人体実験をさせられたのだ。
しかし元々魔女でなかったものが魔術を使えるようになることはなく、
ほぼ半数が精神を支配されて奴隷と化し、そして半数が無残にも死んだという。
俺がその存在を知ったのはまだ7歳の頃だった。
部屋で高笑いをしながらリヴァウムについて王が話しているのを偶然耳にしたのだ。
初めは何かの冗談で、そんな場所が本当に存在するとは考えられなかった。
だが、偶然にその土地の近くを巡回することがあり、どうしても気になって森に立ち寄った。
そこで俺は形容できない恐ろしい状況を目の当たりにした。

女子どもは何の衣服も身に纏わず、長細い円状になっている廊下をただひたすら歩いていた。
その廊下は時に炎が、時に雷槌が、時に突風が発生する仕組みになっていた。
彼女らの肌は赤黒くただれ、中には手足が壊死している者もいた。
それだけでも恐ろしく、思わず吐き気を催したというのに、
何が一番恐ろしく感じたか、というとそれは彼女らの表情であったと思う。
充血して傷だらけの顔で、彼女達は笑っていた。
目はうつろで視点が定まっておらず、口元だけが弧を描いて小さな笑みを零している。
そこに存在していることに何の疑問も抱いていないように思えた。
・・・いや、初めは絶望していたことだろう。
しかしもはや精神は崩壊していて、こんなに辱められ痛めつけられても尚死ぬことは許されず、
強制的に生かされていると言った方がきっと正しいだろう。
彼女達は魔術を会得するまで、此処で死と生の淵を彷徨い続けるのだ。
その異様な光景を見ながら、脳裏にあの男の笑い声が聞こえてきた。
命を命とも思わず、私欲のためにか弱いものを切り捨てていく非情な男。
以前は、そう以前は―父は優しかった。
温かな手をして、全てに慈しみの目を向けていた。
そんな父を傍で見て尊敬していたのに。
いつからだったろうか、まるで別人のように豹変してしまった。
あの男と同じ血が流れているかと思うと、酷く嫌悪感を抱かずにはいられないほどに。

そして俺は自分の存在というものを振り返ることになった。
自分の身に生まれながらにして与えられた”王子”という称号、
それによって得られるものは豊かな生活ではない、使命だった。
王子である俺が救うしかない、この人達を救えるのは俺しかいないとそう思った。
しかし幼い自分に何ができるだろうか。
俺は必死に勉学、体術、様々なことを学んだ。
万が一、何が起きてもそれに対応できるように、全てはいつかのための準備として。
毎晩リヴァウムの風景を夢に見て、ずっと魘された。
老若問わず、女達が俺を取り囲むように円になりぐるぐると周り続けていた。
いつになったら、救ってくれるのかと。
お前に何ができるのか、と。
「強くならなくては…」
心に強く信念を抱きつつも、俺は自分が少しずつ疲労していくのを感じていた。
そんな時だった。
夜に国を抜け出し、行く当てもなくただ考え事をしながら馬に乗り、一つの森へとたどり着いたのは。
サーヴァリアの森。
それが魔女の森と知ったのはもう少し後のことだったが、
初めてその場所へ足を踏み入れた時、時間が止まったように感じるほど感動したのを覚えている。
緑が薫る鮮やかな草花に、まるで歌を歌っているかのように軽やかな鳴き声の鳥たち、
そして森の中心部に位置するだろう湖は月光を浴びて
まるで物語の世界から切り取られたように、幻想的な輝きで満ちていた。
息をするのも忘れそうになるくらいの美しい光景に、俺は思わず佇んだ。
何て澄んだ場所なのだろうか。
すぐにその場所が気に入った俺は、時折そこへと足を踏み入れるようになっていた。
母さんも連れてきてあげようか、そう何度も思ったことがあったが、
王女である彼女を国から連れ出すということは簡単なことではなく、それは叶わなかった。
むしろ王に隠れて自分一人が此処に来るだけでも、とてもリスクのあることで、
王がリヴァウムへと行く隙を狙って抜け出すしかなかった。
そして大抵それは夜で、昼間に王があの地へと向かうことはほとんどなかった。
しかし、ある日。
珍しく一度だけ、王が昼前にリヴァウムへと出かけたことがあった。
その様子を窺いながらふと俺は思った。
サーヴァリアの森には夜しかいったことがなかったが、昼はどんな風景なのだろうか。
夜は月明かりで輝くが、昼は太陽の暖かさで違う美しさを見せているに違いない。
そう思うと、俺は森へ行かずにはいられなかった。

そして自分の考えた通り、森は太陽の光をきらきらと浴びて、夜とはまた違う魅力に溢れていた。
湖の中心には空へと登っていく高くて太い大樹がある。
その樹の幹へと登り、丈夫そうな幹に腰をかけると森を一望した。
気が付かなかったが森のずっと奥には、大きな館のようなものが立っている。
それをぼんやりと眺めている内に、次第に瞼が重くなっていくのを感じた。
そしてぽかぽかとした温かさの中で俺は眠りにつく。-はずだった。
突然、ほとんど眠りの世界に入っていた俺の耳に、何かが割れた音が聞こえた。
そっと目を開け、音がした方に目を向けて・・・俺は思わず声を漏らした。
「え・・・?」
そこにいたのは綺麗なブロンズの髪をした少女。
丸くて澄んだ目が驚きで見開かれ、まっすぐに俺を見ていた。
昔侍女が寝る前に読んでくれた童話に出てくるお姫様のようだ、と思った。
キラキラと優しい輝きを放っている。
一体誰だろう。
そう思った俺は、次の瞬間足を滑らせて真っ逆さまに下へと落ちていった。
そうだった、木に登っているんだった。
「うわぁ」
水の中で、俺は手足を必死に動かした。
服が濡れて泳ぎにくさを感じながらも、水の中から這い出ると思いきり息を吐いた。
「っは、は、・・・・・・びっくりした」
整わない呼吸をなんとか落ち着かせてそう呟くと、
聞いたこともない優しい声がすぐ近くから返って来た。
「大丈夫?その、落ちて」
その言葉に、彼女が水の中に入ってきていたことに気づいた。
それと同時に、細くて白い足の膝から血が出ているのが目に入った。
水に触れているから痛むはずだが、彼女は気にも留めていない。
気づいていないのか?
そう思って聞いてみると、彼女は驚いた顔をして自身の足を見た。
その瞬間血の気が引いた様に顔が青白くなった。
小さく開いた口からヒュッと息の音が聞こえたと思ったら、彼女の体がぐらりと傾く。
俺は思わずその腕を掴んで支えた。
この子は自分の足の怪我に気が付かないほど、俺の心配をして水に入ってきたのか。
「来て。今すぐ薬、付けてあげるから」
どこか心の中に温かさを感じながら、俺は彼女の手を引いて岸へと戻る。
そして彼女を草の上に座らせるとヨモギの葉を探してきて、彼女の膝の上に乗せた。
綺麗な肌に跡が残ってしまっては可哀想だ。
そう思っていると彼女は「あなた、・・・どこかの国の王子?」と聞いてきた。
それに頷けば彼女は嬉しそうに微笑んだ。
そして彼女もまた自身が王族だと語った。
童話に出てくるお姫様のようだと思ったけれど、実際彼女は本物のお姫様だったらしい。
不思議な出会いがあるんだな、と俺は思った。
「あなたの名はなんて言うの?」
「― センリ」
「いい名前ね、センリって」
そして俺は彼女とまた会う約束をした。
何度も会って、何度も言葉を交わし、やがて俺は彼女のことを好きになった。
彼女の温かな心に幾度となく救われ、癒された。
その優しい笑顔も、心も、声も全てが愛おしくて、そして一緒にいる未来を切望するようになった。
立派な王になったなら、必ず俺は。
「いつか、僕が僕のなりたい王になれたら」
俺は君と結ばれたい。


そして平和に、どうか国がいい方向へと向かっていきますように、
そう願っていた俺の思いは一夜にして全て掻き消されることとなった。
自国、メルディスが同盟国であるカルヴァンと共に戦争を起こすことに決まったのだ。
そしてその相手の国は、アテナンティス。
サーヴァリアの森の隣になる、自然豊かで美しい穏やかな国。
俺は王達の会議を部屋の外で、聞きながら絶望していた。
何故その国に刃を向けようとするのか、侵略などという馬鹿げた行為に及ぶのか。
アテナはカルヴァンに多大な支援と援助を行ってきていたというのに。
これが、人間の欲望という名の悪なのか。
助けてもらっていた国を裏切るどころか、征服しようなどと・・・。
犠牲になるのは貧しい民だ。
どれだけ俺が裏で、彼らを救おうと動いていたとしても、
王の権限一つで彼らは抵抗する暇もなく地獄へと叩き落される。
王にとっては、民が一人死のうが何十人死のうが、関係ないだろう。
あの男の心は情なんてものでは動かない。
俺は扉に背をつき、体重を預けた。
多くの人が死ぬ。
そして。
額に手を当てて、俺は目を閉じた。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
脳裏に過るのは、優しい彼女の笑顔。
彼女は自国の名前を俺には言っていない、しかし大体予想がついていた。
アテナンティス。
まさに自国が攻撃をしかけようとしているあの国こそ、彼女の国。
互いの国が戦争をすることになってしまった。
ずるずると扉に背をもたれたまま、俺はしゃがみこんだ。
「どうしてこんなことに ・・・」
そのまま動けずにいると、部屋の中からざわめきが起こった。
珍しく上ずった声を上げている、王の側近の男の声が聞こえた。
王に従えている者の中では比較的、話が分かる利口で普段は無口な男だ。
その男が焦ったように、声を上げた。
「未完成なリヴァウムの女を使用されると・・・?!
それが戦争の勝利に繋がると、王は本気で考えておられるのですか?!」
俺は眉を顰めて、振り返ると扉を睨んだ。
リヴァウム。
最近では気付かれないように、俺はリヴァウムから少しずつ彼女らを解放させていたが、
約9割の人数はまだそこに残っている。
壊れた体で、壊れた心で救われることを祈っている。
彼女たちを魔女の代用になるわけがなかった。
第一、魔女は殺戮の兵器などではない。
誰にも言ってはいないが、俺は昔魔女に出会ったことがある。
赤い髪をした自分と同じくらいの幼い女の子。
とても綺麗な心をしている、か弱い女の子。
出会ったあの子が、好んで人を殺めようとするとは到底思えなかった。
魔女は、殺戮の兵器ではない。
憤りを感じて強く握った拳が、震えるのを感じた。
そして次に聞こえた言葉は、更に俺を絶望へと叩き落した。
「リヴァウムを解放するだけではありません、
戦争に異を唱える民を虐殺するなど・・・そして王子と王妃までもとは!」
俺は目を見開いた。
今聞こえた言葉の意味が理解できなかった。
民を殺す?そして俺や、母までをも?
王は嬉々として言った。
「我にたて突くものなど誰一人としていらぬ。全て消えてしまったらよい。
・・・そして残念だが、王子は我とは決して相容れぬ。
賢い故に知らなくてもいいものまで知り、我の邪魔をした」
「・・・というのは?」
カツンカツンカツン、と靴音が聞こえた。
その音が少しずつ近づいてくる。
俺はまだ動けなかった。鼓動だけが、どんどん速くなる。
扉が開くことはなかった。
しかし王は、
「王子はリヴァウムの存在を知り、女達を何度も逃がしている。
・・・まさか気が付いていないとでも思ったか、―センリ?」
まるで俺がそこにいるのを初めから知っていたかのように、扉越しに語りかける。
そして部屋の中で怒鳴るように王は言った。
「直ちに反逆の民、そして王子と王妃を捕らえよ!」
無情な声と、それに応える男たちの声が幾つも重なりあった。
俺は扉が開く前に、一目散にその場から逃げ出した。
足が縺れそうになる。
後ろを振り返れば、自分に気が付いた兵たちが追ってくるのが見えた。
弓を取りに行く暇はない。城門の所まで来ると適当な馬に飛び乗り、俺は城を離れた。
何処へ行く?
いや、逃げられる場所なんて何処にもない。
この国が俺の国なのだから。
だけど戦争が始まる前に、捕まってしまう前にどうしても会いたかった。
彼女に、どうしても。
追っ手をなんとか振り切りながら、俺はサーヴァリアの森へと走った。

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