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3-6 真実(2)

 03,2016 10:33



そして森へと辿りついたのは、すっかり夜も深まった頃だった。
普段彼女と会うのは星がぽつりぽつりと光始めた、夕と夜の境目である時間だ。
今日は幸い彼女と会う約束をしているが、しかしこんな時間だ、
もしかしたら彼女は帰ってしまっているかもいれない。
空気はとても冷たくて、手足はすっかり冷え切っていたものの、
馬を何時間も走らせていたからだろう、寒さはあまり感じなかった。
もう慣れてしまった森の道を歩いていくと、夜でも明るくきらきらと光る湖が見えてきた。
ぽちょん、ぽちょんと木々の雫が湖に零れ落ち、音を奏でている。
そしてその場所が一望できるところまで来て、俺は足を止めた。
会いたいと願っていた。
しかし、こんな時間まで待ってくれているとは正直思っていなかった。
彼女は湖の傍に座り、夜空を眺めていた。
一体どれだけ、この寒い中待っていてくれたというのだろう。
胸が切なくなり、俺は唇を噛みしめた。
ああ、俺は。
「―  センリ!」
自分の足が枯葉を踏みしめたのを聞いたのだろう。
オネットは俺の方を振り向くと、嬉しそうな顔をして走ってきた。
彼女は何も知らないのだ。
まさか、自分と俺とが敵対する国の王女と王子になったなんて。
「今日は遅かったね。待ってたよ」
待っていたと言いながらも怒っている様子もなく、笑顔な彼女。
本当に、自分に会うのを楽しみにしてくれているのが分かる。
俺だっていつも君と会っていたい、一緒にいたい。だって君が愛しいから。
二人で逃げ出せたらどんなにいいだろう。
違う国へ、戦争も身分もない自由で温かな場所へ。
今、この細い手を取って走り出したら、きっとそれは叶う。
だけど。
「ごめん」
― できない。
自分の国を見捨てるなんて決して。
だって俺は王子だから、あの国は言わば自分の命と同じだ。
それに俺にはすることがある、俺しかできないことを。
だから君に別れを言いに来た、・・・そのつもりだった。
なんて傲慢で我儘なんだろうか、俺は。
今日もずっと待っていてくれた彼女を、やはり諦められないなんて。
会えないとは言えなかった。だから代わりに俺は言った。
「しばらく、ここには来れないんだ」
「・・・・・・どうして?」
「理由は言えない。・・・だけど、」
抱きしめた彼女の体はとても冷え切っていた。
びっくりしたように一瞬体を強張らせた彼女は、しかしすぐに俺の背中に手を回した。
柔らかで優しい感触に、目の奥がツンと熱くなる。
「また君の所に戻ってきたい。我儘かもしれないけど、もし君が待っててくれるなら、」
離したくない、離れたくない。
「必ず戻ってくるから」
俺が俺の使命を果たすまで、君にまた会えるという未来を希望にしたい。
それがどんなに難しい願いであったとしても。


俺はあの国を終わらせなくてはいけない。
使命を果たした時、この命も消えてしまうかもしれない。
それでも、彼女にまた再会するという夢だけは捨てられなかった。
我儘で、ごめん。
傷つけて、ごめん。
だけど、もし待っていてくれるなら。
君の元へ帰れて、そして君が待っていてくれるというのなら。
”「もう一つの夢を、君に聞いてほしい」”
俺は。


「王子、何故此処に戻ってこられたのですか」
嘆くように王の側近が言った。
俺は両腕を拘束されてから、引きずられるように城の近くにある牢獄へと入れられた。
しかし、そこに入るまでに見た街は実に悲惨な光景だった。
自分が城を飛び出す数時間前に見た光景とは一変して、もうそこは戦場と化していた。
勿論敵が早くも攻めてきたはずがない。
道端に血を流して多くの者が倒れているのも、建物が幾つも崩壊されているのも、
全てはあの狂った王のせいだ。
罪なき人々が戦争に異を唱えただけで、その命を奪われている。
此処は一体何なんだ。
こんな酷いことをする男が、
「おお、センリ戻ったか」
自分の父だというのか。
牢の中には捕らえられた人々が目隠しをされ、両手を縛られ、必死にもがいていた。
すぐに殺されなかった、というだけで幸運だった?
それこそ本当に馬鹿げている。
この状況のどこが幸運だというのだろうか。
「逃げ出そうと思わないで下さい。
その時はいくらあなたが王子といえども、命を奪うことを躊躇いません」
兵士が、それを望んでいないかのように真剣な瞳でそう告げた。
しかし牢で何日も過ごしていく内に、彼らの表情も次第に変わっていく。
衰弱していくのは俺たち囚われている者だけではない、兵士達も同じようだった。
逆らうなと言いながらも彼らは早く俺たちが逆らい、終わらせるのを望んでいた。
そしてその牢屋でも幾つもの命が消えていった。

自分と母は王族という理由からだろう、目隠しをされなかった。
そのために、この目ではっきりと人が殺されていく様を見ていた。
強烈な血の匂いにも鼻が慣れていき、次第に何も感じなくなった。
しかし感じなくなったのは嗅覚だけではない、少しずつ心の中に穴が開いていく。
まるで宇宙にあるというブラックホールのように、感情が思考が消えていく。
俺は、壊れていった。
そしてあの日が訪れる。
一番悲しく、一番忘れられない日。
俺は彼女を思い出していた、月のように綺麗でまっすぐな彼女を。
そして彼女とした約束を、自分の使命を。
それに気がついた母は、ペンダントと共に自らの命を差し出した。
苦しくて悲しくて、苦しかった。しかしずっと泣いてはいられなかった。
母の命を代償に牢を抜けだした俺は一度城へと戻った。
城に王はいなかった。
俺は弓を持って、王を探した。
この狂った国を終わらさなくてはいけない、
自分の父親の狂気を止めなくてはいけない。
それが王子である自分にしかできない、使命。
足の感覚さえないのに、酸素がないと体が悲鳴を上げているのに、俺は走り続けた。
街は数日で更に酷い状況にあった。
兵士は敵国であろうが自国であろうが関係なかった。
民を見つけ次第、片っ端から殺していった。
そして全ての元凶である王は、”始まりの塔”という塔の上で踊り狂っていた。
始まりの塔。
あの塔は、この国が当時ヘレナという国から独立した時に記念に建てた塔だ。
もう百年以上も建っているというのに、この戦場の中、そこだけが王同様に無傷で、
高みから民を見下ろしていた。
俺は服のフードを被った。
王と同じ髪色をしているのを見られてはいけない。
弓をきつく握りしめて、塔を見据えた。
自然と恐怖も疲れも感じなかった。ただ、悲しかった。
燃え盛る周りの建物から、生温かな風が流れてくる。
それを感じながら、少しずつ俺は塔へと近づいた。
王の声は聞こえない、しかし嬉しそうな表情を浮かべているのが見える。
彼が何を思っているのか、想像もできなかった。
しかし、一体何処で間違ったのだろうか。
どうして間違ったのだろうか。
幼い頃の記憶を辿れば、こんな王ではなかったと思う。
何がこうも彼の人生を狂わせたというのだろうか。

― 父さん。

始まりの塔の下まで来ると俺は塔を、王を見上げた。
そしてもう届かないあの人に俺は告げる。
俺は、あなたのようになりたくはない。
あなたのような王にはなりたくない。
だけど俺は。
「父さん、あなたの息子です」
右手をそっと空へと差し伸べた。
昔、こうやって忙しい王である父に構ってほしくて手を差し出せば、
笑って父は「なんだ?」と声をかけながら、この手を取ってくれた。
そんな過去さえ遠い。
俺は、右手をぎゅっと握った。
終わりにしなくてはいけない、終わらせなくてはいけない。
「・・・・・・っ」
この手で父を殺すことになるなんて思っていなかった、望んでなんかいなかった。
だけどこれは息子である自分がしなくてはいけない。
弓を取り、矢をつがえると俺は微笑んだ。
「どうか、あの世界で優しい父に戻ってください」
思いきり引いた手をそっと離した。
矢は重力に反して、まっすぐに父の方へと飛んで行った。
瞬きもしないうちに、狙い通りに王の胸にそれが突き刺さった。
王は驚いたように目を見開くと、自分の胸を見て、そして俺の方を見た。
目が合う。
まさか、お前が。
そう言っているような気がした。
近くの兵が気づき、傾いた王の体を支えようとした。しかし、それは遅かった。
王は足を滑らせて真っ逆さまに、落ちていく。
これで終わる。
これで―。
そう思っていた俺は、手から弓を落とした。
息を止めて、目を見開く。
高い塔から落ちてくる王の手が、右手が、俺の方に向かって差し出されていた。
小さい頃俺が父にしていたように。
寂しい時、傍にいてほしい時、上手く言葉にできなくて、
でも気づいてほしくて手を伸ばしていた俺と同じように、王が俺に手を伸ばしている。

どうして。

「父さん・・・」
どうして今まで言わなかった。
どうしてこうなるまでに言ってくれなかった?
「父さん・・・っ!」
寂しいのはあなたも一緒だったというのか。
手を伸ばしていたのは、幼い俺だけじゃなくて

―「ん、なんだ?センリ」

父さん、あなたもそうだったのか。
俺は咄嗟にもう一歩前へと歩いた。
そして彼に向かって両手を伸ばす。
「父さん」
気づけなくてごめんなさい。
気づいてあげられるのは、もしかして俺だけだったかもしれないのに。
王であるが故の苦しみを、あなたは一人抱え込んでいたんだ。
ああ。
初めて差し伸べられた手がどうして今だったのだろうか。
俺はこの手を、拒むことができない。
無意識に一緒に死ぬことを俺は受け入れていた。
暴君だった父の全てを受け入れたわけでない、だが実の父親の心を初めて知って、
激しく心を揺さぶられたのかもしれない。
俺は父と一緒に死ぬはずだった。
だが、王が俺に届くまであと数センチという時に、誰かの叫び声が聞こえた。
「駄目えええええええ!」
そして首に付けていた母さんのペンダントが赤く光り、一瞬で目の前が真っ白になった。
今だから気づく、この光が俺と彼女の約束を守らせてくれたのだと。
死のうとした俺を止めようとした、一筋の光。
光が収まると俺は目を見開いた。
目の前にある建物を見て唖然とした。
そこにあったのははじまりの塔でない、黒くてひっそりと佇む見たこともない城だった。
何故ここに自分はいるのだろう。
自分は。
・・・自分は一体誰?
誰かが後ろから走ってくる音が聞こえて、ゆっくり振り返る。
「センリ、良かった!無事だったのね」
赤い髪をした女の子が荒く呼吸をしながら、俺を見て言った。
「僕はセンリって言うの?」
そう。だけどこの時には、俺は全てのことを忘れていた。
「あなた、何も覚えていないの?」
愕然としたように少女が言う。
「私が魔法を間違えた? ・・・いいえ、私はただセンリをこの場所に移動させただけよ。
するとまさか・・・お母様が?」
ぶつぶつと少女は独り言を言っているのを横で聞きながら、俺は空を仰いだ。
もうすぐ夜が来そうな空は、薄暗い。
何か大切なことを忘れている気がしたが、思い出せなかった。
そう、今の今までずっと。

アイナは魔法によって俺を戦場から引き離した。
そしてその母、ロキサニーは俺の全ての記憶を奪った。
但し牢で母を失くした悲しみはとても強くてその記憶だけは残っていたが、
自分が誰で、どうしてそこにいて、そして誰とどんな約束をしていたか、
それらの全ての記憶は母のペンダントに封じられたままだった。

どうしてロキサニーがそうしたかは分からない。
だが、アイナは俺の記憶を取り戻そうとしてくれたに違いない。
今になれば全て辻褄が合う。
俺のペンダントを奪ったのは封じられた記憶を開放するため、
そしてオネットに魔法をかけた理由は、
「アイナ、俺はお前に何て言ったらいいんだろうか」
気づかなくてごめん?
違う。
馬の手綱をしっかり握った。森を突き抜ける。
アイナは、俺が記憶を取り戻すことを願っていた。
そしてオネットがイズミを昔会った王子だと勘違いして結ばれないように、オネットに魔法をかけた。
それは全て、

"「王子を愛しているから」"

俺の為に。
もうすぐ森を抜ける。
ここからは、俺が俺の力で彼女の元へと戻るから。
アイナ。

「ありがとう」

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