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1-2 覚えている彼女と忘れた彼(2)

 06,2016 19:36



「それでは姫様、おやすみなさい」

ロウザが灯りをそっと消すと、部屋は一気に夜の闇に包まれた。
「ええ、おやすみ」
ドアがギィッと音を立ててゆっくり閉まると、私は耳を凝らす。
ロウザの足音が遠くなり、聞こえなくなった所で体を起こしてベッドから降りた。
「ごめんね」
今出て行った、自分のことを一番に思ってくれる彼女にそう呟くと、
万が一の為にと閉めないことになっているドアの鍵をかけた。
ドアは内側からも外側からも私の持っている一つのカギで開閉ができる。
机の引き出しに無くさないようにカギをしまい、私は洋服棚を開けた。
幾つか並んでいるドレスの中からシンプルで動きやすいものを選んで着替え、鏡の前に座る。
鏡を見ながら、長い髪が木にひっかからないようにと簡単に首の後ろで一つに束ねた。
そうして準備が出来たところで、カーテンをそっと開いた。
視界に飛び込んでくる無数の小さな星の光。
窓を開けると顔にひんやりした風が当たるのを感じる。
私は、そっと窓に足を掛けた。

彼に会うよりもっと幼い頃、私は夜が嫌いだった。
真っ暗な何も見えない空間、
そこには自分の想像もつかない恐ろしいものが息を殺して潜んでいて
急に出てきては自分を何処かに連れて行ってしまうのではないか。
そんな風に思えてしょうがなかった。
けれど、彼に会ってから、夜にあの森に行くようになってからは恐怖感は消えていた。
空には星が自分を見守るように輝き、歩む道は月が照らしていてくれることを知った。
可愛い小動物達が遊び疲れて眠り、素敵な夢を見ている間は、
代わりにフクロウ達が楽しく会話をしながら森を守ってくれているのだと思った。
そして何より、いつ見ても心が和らぐ夜の森には、大好きな彼がいたから。
いつしか私は夜が好きになっていた。

「なんだか寒くなってきた」
深まる秋に、自分の腕を抱く。
もっと厚着をしてきてもよかったかもしれない、そう思いながら森の中を歩いていく。
湖よりも奥へは彼が「迷うから行かない方がいい」と言っていたので、ほとんど行ったことはない。
しかし城から湖までの道のりは毎晩のように行き来をしているから、迷うことは全くなかった。
だから分かる。湖まではあと少し距離がある。
「・・・今日は早めに帰るしかないわ」
目の前をセグロヤチョウが飛んでいく。
セグロヤチョウは夜しか活動しない、小さな野鳥だった。
木々の間を器用に飛んでいく姿を見て、鳥は飛べていいな、なんて思いながら
地面から突き出ている樹木の幹を滑らないようにと気を付けながら登った。
そういえば。
歩きながら、この数年で何度か疑問に思っていることが頭を過った。
今自分が歩いているこの森。
書庫の本や地図には、大昔から魔女が棲むという言い伝えが書かれていた。
10年近く通っている自分が一度も見たことがないぐらいだ、
それが偽りではあることは間違いないと思う。
だけど、一体どうして魔女の森と言われるようになったのだろうか。
空いている時間にでも、書庫で調べてみよう。
「あの本、まだあるわよね?」
随分前に見つけた、小さな藍色の本。
確か表紙には可愛い魔法使いの絵が描かれていた記憶がある。
「・・・もうすぐね」
考え事をしている内に、左右の木の間隔が広くなり視界が開けてきた。湖だ。
今日もあの綺麗な景色にたくさん元気を貰って帰ろう。
そう思ったところで私は、不意に足を止めた。
「・・・・・・」
少しずつ体が緊張していくのが分かる。
目の前にある湖、そこに行くのに躊躇せずにはいられなかった。
だって。何かがいつもと違う。

聞こえてくるこの水音は何?

心臓が早く打ち始め、目の奥が急に熱くなった。
震えて崩れそうになる足に無理やり力を入れ、一歩、また一歩と歩く。
そして私は口元を手で押さえた。
「・・・っ」
湖の浅瀬、自分に背を向けて大樹を見上げる背の高いあれは ―誰?
煌びやかな服と腰に刺す剣が月明かりで輝いている。
カナリア色の、髪。

――王子。

一気に視界がぼやけた。
涙が一筋こぼれると、ようやく私はその人に向かって走り出した。
王子!…王子!
ずっと待っていた愛しい人。やっと来てくれた。やっぱり来てくれた。
「王子!」
伸ばした手はそのまま王子に届いた。
そして彼が振り向くより先に、私は強く王子を抱きしめた。
「・・・!」
「王子・・・っ」
自分の意志とは無関係におとずれるしゃくり上げのせいで、上手く言葉が紡げない。
温かなぬくもりを感じて、整理しきれない感情が爆発しそうだった。
だけど一番先に言いたかった言葉は。
「会いたかった・・・!」
やはりあなたは約束を忘れていなかった。
強く抱きしめすぎていたのか、彼は私の腕を掴むとそっと体から離した。
私は王子の背中にうずめていた顔をゆっくりと上げる。
すると王子はゆっくり私を振り返り―そして、

「君は、誰?」

驚いたように目を見開き、そう口にした。
私の心が少しずつ冷たく凍っていく。呼吸すら忘れて、彼を見つめた。
何。何てあなたは言ったの?
("君は誰”?)
どうして、そんなことを言うの?
王子の顔を見れば、冗談を言っているような様子ではなかった。
それならば、考えられる可能性は一つしかなかった。
だけど、認められない。・・・認めたくない!
「私よ、ねぇ覚えているでしょ?小さい頃ここでよく会っていたじゃない」
必死に腕を掴む私を彼は困惑した表情で見つめてくる。
どうしてそんな顔をするの。
嘘だ。
「ずっと前だけど、でも」
嘘だ。
「また会おうって約束した・・・っ!」
王子は、忘れてしまったというの?
「・・・ごめん」
彼は言う。私は彼の腕を離すと思わずその場に崩れ落ちた。
「君のことも、その約束も、僕には分からない」
どうして?
ずっと望んでいた再会は、あまりにも残酷なものだった。
王子は忘れてしまっていた。全て。
どうしてかは分からない。
ただ泣きじゃくる私を、知らないという私を、
それでも慰めてくれる彼の優しさには悪意なんてものは感じられなかった。
激しく泣いたせいか頭がズキズキと痛む。
申し訳なさそうにする彼を見ると、余計に涙が溢れそうになった。
何がいけないの?
私?あなた?
違う。
忘れてしまっても当然といえば当然かもしれない。
あれだけの長い月日。覚えている方がおかしいのかもしれない。だから、
「本当にごめん」
どうかあなたのせいではないから謝らないで。
私は黙って顔を横に振る。
だけどどうしたらいいのだろう。約束を忘れた王子とこうして再び会って。会えて。
私は一体どうしたら。
涙は止まることを知らず、滑り落ちていく。
それを隠すように私は顔を覆った。その時だった。
「・・・?まさか・・・君は」
今まで謝ること以外、黙って私を見ていた王子が小さく何かを呟くと私の手を取った。
そして真剣な顔で私を見ると低い声で言った。
「もし君がよければ、詳しく話を聞かせてほしい」
なぜ?一方的に覚えている話なんてされても迷惑でしょう?
「・・・でも」
「いいから」
私の言葉を遮って王子は強い口調で急かす。
それがどうしてかは分からなかった。
一瞬躊躇ってどうしようかと顔を伏せる。
けれど、私は気づいた。
そうだ。忘れているなら、思い出してもらうしかない。
会えたのだから。これが偶然か運命か奇跡かなんてどうでもいい。
会えた、その事実に意味はいらない。
また零れそうな涙を拭い、一つ頷くと私は語り始めた。
あの忘れられない日のことを。


王子は変わらず真剣な表情で私の話を聞いていた。
初めて会った日のこと。
それから一年、二人で夜に会っては色々なことを語ったこと。
思い出してほしくて、私は必死に思い出せる限りのことを王子に話した。
しかし、彼はやはり思い出せないようだった。
落胆した私に彼は言った。
「明日の夜、また此処に来れる?」
さっき私が話したからだろうか、あの時のように王子は言う。
私は頷く。忘れていたとしても、王子にまた会えることは嬉しかった。
「なら、また明日。同じぐらいの時間に」
そして王子は微笑むと、私が来た道とは違う道を歩いて行った。
見えなくなるまでその姿を見つめていた私は、ふと空を見上げる。
先ほどまで見えていた月は雲に隠れていた。

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