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4-2 奇跡(1)

 10,2016 13:02



2


大聖堂の鐘が鳴っている。
この鐘は王族が婚姻する時に鳴らされる鐘ということは知っていたが、
その音を聞くのは初めてだった。
とても澄んだ、よく響く音だ。
婚姻の儀の前に5回、終わりに5回に鳴ると大臣は言っていた。
その始まりの音の3回目を聞き、私は扉の前で自分の足を見て俯いていた。
赤い絨毯が部屋の中へと続いている。
被っているベールが頬に触れ、少しくすぐったさを感じながらやっと私は顔を上げた。
5回目鐘の音と一緒に前の扉がゆっくり開け放たれた。
大聖堂に多くの人々が目を輝かせ、私の方を見ているのが分かった。
部屋の奥の天井には白銀の大きな鐘 ―祝福の鐘が吊るされていて、
その下にある祭壇の前では、イズミが私の方を見て微笑んでいた。
「姫様、参りますよ」
ローザが私のドレスの後ろを優しく持ちながら、小さな声で言った。
私は胸に生花のブーケを抱いて、一つ頷いた。
ゆっくり前へと歩き出す。
聖堂の天井はガラス張りで、
外の太陽の日が中に差し込み、大理石がきらきらと輝きを放っている。
それを見ながら私は一歩、一歩、イズミへと近づいた。
そして彼の傍までくると、私は前に立つ神父の方に一つ頭を下げた。
「結婚の義を始めさせて頂きます」
神父は微笑んでそう言うと、静かに神に祈りを捧げ始めた。
それを静かに聞いていると、隣でぼそりとイズミが私にだけ聞こえるような声で言った。
「もしかしたら、来ないんじゃないかと思った」
一呼吸おいてから、私は同じような大きさの声で応えた。
「・・・来ないなんて選択肢はあり得ないわ」
「それもそうだろうね・・・。
君は此処から、この運命からは抜け出せない・・・ただ一つの奇跡を覗いては」
「・・・奇跡?」
私は思わずイズミの方を向いた。
イズミは困ったような笑顔を浮かべ、私を見つめていた。
「君は、今も思い出せないの?」
私は首をかしげた。
イズミの言葉が何を示しているのか、私には理解できなかった。
思い出せない、というのは一体何のことだろうか。
思い出せないのは私ではなくて、イズミの方だったというのに。
・・・・・・。
いや、本当にそうだったろうか私は・・・。何かを、忘れている。
「だけどもう遅いよ。君は僕と結婚する。
国の為に覚悟を決めたのは他の誰でもない、君だから」
イズミは冷たい口調でそう言った。
私は唇を噛んで、再び前を見た。
神父は私たちの会話の内容は聞こえていないとしても、
話しているのが分かっていたらしい。不思議な顔をして私とイズミの顔を見比べていた。
私は花を持つ手を強めた。
この儀が終わったら、私はイズミの妻になる。
いずれアテナンティスを離れ、ナオリオの国で生涯暮らしていくことになる。
それが幸せはずだと皆は信じて、必死に私の旅立ちを祝ってくれている。
覚悟を、したじゃない。
左頬を涙が滑り落ちた。
そして右頬も雫が一つ、二つと流れていく。
私をオネット、とは誰が呼んだのだろうか。
心から思う願いを押し殺す私が"オネット姫"だというのか。
だけどこの涙は誰にも見せない。後ろは絶対に振り返らない。
「・・・・・・・」
物言いたげにイズミが私を見た。
私は気がつかない振りをして俯いた。
「それでは、誓いの証の間、祝福の鐘が鳴ります。
その音は此処にいる者らの永遠の幸福を祝う、天の声と同じ、
最後の音が鳴り響いた後、二人は夫婦となり生涯を共に生き抜いていくのです」
神父がそう言い、私達に微笑んだ。
「誓いの証を」
私はゆっくりイズミの方を向いた。
その瞬間、ベールが乱暴に捲られる。
はっとしてイズミの方を向けば、イズミは目を細めて切なげに私を見つめた。
「これで君は・・・やっと僕のものになる」
悲痛な声に驚いて、彼の名前を呼ぼうとしたもののそれはできなかった。
腕を強く惹かれて頭の後ろに手を添えられた。
そしてきつく口付けをされる。
わぁっと周りから歓喜の声が聞こえた。
あまりの荒々しい、激しい接吻に思わず体を離そうとするもイズミの力は強かった。
「祝福の鐘を」
神父の合図と共に、鐘が鳴り始める。
一回。
二回。
「・・・っ」
うっすら目を開ければ、イズミの綺麗な睫が見える。
鐘は三回目の音を響かせた。
「・・・はぁっ」
イズミは苦しげな色のある声で一度息を吐くと、ゆっくりと目を開いた。
彼の瞳と私の瞳が重なると、四回目の鐘が鳴った。
あと一回。
あと一回で終わる。
脳裏に”彼”の笑顔が過った。
( ―”必ず、幸せになれるから。”)
センリ、私は。
あなたがいない未来に、幸せがあるなんて信じられなかった。
あなたがいない未来の、幸せがあるなんて信じたくなかった。
あなたのいない幸せなんて、望んでいなかったよ。
ぎゅっときつく両手を握った。
目を固く閉じて、最後の鐘の音が鳴るのを覚悟して私は待った。
しかし、いくら待ってもその音が聞こえることはなかった。
代わりに大聖堂に響いたのは  ― 破壊音。



「何・・・?!」
私とイズミは少し離れて同時に天井を見た。
天井部のガラスが割れ、破片が雨のように自分達へと降り注いでくるのが見えた。
「オネット!」
イズミに突き飛ばされ、私は後ろへと倒れこんだ。
痛さに顔を歪めながらもすぐに立ち上がってイズミを見た。
「イズミ・・・!」
彼の腕には私をかばってできた切り傷がたくさんあった。
イズミの所へ駆け寄ろうとすると、周りで幾つもの悲鳴が上がった。
大聖堂の扉が大きく開け放たれ、外から黒ずくめの鎧を着た男達が数十人入り込んできた。
天井のガラスは再び次々と割れて行き、上からも兵が聖堂へと侵入を始める。
アテナンティスとナオリオ、どちらの兵でもなかった。
「お前たちは一体何なんだ・・・!?」
大臣の一人がそう叫ぶと、先頭にいた男が鎧をぎしぎし鳴らし、笑いながら言った。
「アテナンティス。祭り騒ぎで浮かれていたのが仇となったな。
我らはルモークス国軍。アテナよ、この国と土地、頂きに来た」
「神聖なこの場所で血を流そうというのか!?」
声を荒げた大臣の元へと、男はゆっくり歩むと、
「我らにとっては、そんなもの関係ない」
そう吐き捨てて、大臣の体に向かって剣を斬りつけた。
血吹雪が宙を舞う。誰かが耐えきれずに叫び声を上げた。
それが、引き金となった。
アテナンティスの兵達がルモークスの兵と対峙をして、剣を抜き始める。
「・・・やめて!」
私の叫び声は騒音に掻き消された。
戦争。その言葉が頭をよぎり、手足ががたがたと震えはじめる。
どうにかして止めないと、多くの人が死んでしまう。
そう思っていると、顔を苦痛に歪めながらイズミが私の腕を引っ張った。
「・・・今のうちに、この場所から離れるよ!」
「だけど、皆を置いてなんか・・・!」
「っ、君はこの国の姫だろう!
君が掴まったらどうなる!国が滅ぼされてもいいのか!?」
(そうだ、私は)
あまりも強い彼の口調に私は一瞬怯んだ。
その隙をイズミは見逃さず、私の手を引いて走り出す。
イズミの腕は傷で血だらけだった。
聖堂のステンドガラスの方に走ると、イズミは正面のガラスの壁を蹴り破った。
割れたガラスの穴を潜る直前に私は後ろを振り返った。
剣を交えている兵士、抵抗する術もなく怯えている側近達、泣き崩れる民に、
「レヴァンス・・・!」
レヴァンス。彼は私に背を向けていた。
そう、まるで私達が進む道を行かせんとするように両手を広げていた。
そしてそのまま大きな声で私に言った。
「大丈夫です。私共がそう見す見すやられるわけなどないのです!」
「・・・オネット!」
思わず彼の方に戻ろうとした私を強く叱咤して、イズミは中庭の門を潜った。



「どうしてこんなことに」
「ルモークスはかつての戦争で、敗戦した国の一つだ。
君と僕の国に恨みを持っていてもおかしくはない」
庭園を抜け、再び城内に戻ってくると長い廊下を私達は走り抜けた。
地下までたどり着ければ、そこからそのまま地下道へと進み城外へと抜けることができる。
しかし城の外がどのような状況かは想像できない。
「アテナンティスの警備は、普通ならそう簡単に突破できるものではないはずだ。
きっと前々から仕組まれていたに違いない」
聖堂に残してきた兵達や大臣、その他の者達が気がかりだった。
自分だけが逃げ出すことに酷い罪悪感と嫌悪感があった。
だが、さっきイズミが言った言葉が私を前へと走らせていた。
私が捕まるわけにはいかない。絶対に。
「仕組まれていた・・・って?」
「ここ最近、アテナンティスの国内はばたばたとしていて、隙があった」
「それは・・・私がいなくなっていたからね?」
「そうだろうね。だけど、悲しんでいる暇はないよ」
不意にイズミは私の腕を掴んで、足を止めた。
地下に続いていく廊下の手前で、イズミは廊下の奥の方を睨んでいた。
ばたばたとせわしない足音が聞こえてくる。
「・・・数が増えてきているな」
その言葉と共に、奥からルモークスの兵士が姿を現した。
そして私たちの姿を見ると「いたぞ!」と声を上げて駆け寄ってきた。
イズミは私の手を引いて、横の道へと入った。
「皆が心配なのは分かるけど、まず君は君の身を守るんだ」
イズミは鋭く言うと、走る速度を速めた。
その背中を見つめながら私は思う。
身を守るべきは、イズミ ―あなたもでしょう?
この時になって、私とイズミは同じ立場だということを身に染みて感じる。
国の上に立つ身。
そこにある葛藤や責任の重さは、そこに立たないと分からない。
私が幼い頃より抱いていた王族であるが故の悩みを、イズミも感じてきたのかもしれない。
そして今、国を守るために私たちは逃げなくてはいけない。
私は少しイズミの腕を軽く引っ張った。
「イズミ」
こんな時に悠長に話をしている場合でない、だけどこれだけは伝えておきたかった。
「さっきは、叱ってくれてありがとう」
あの一言がなかったら、きっと私はあの場を離れられなかった。
「あなたがいてくれて良かった」
「・・・・・・!」
イズミが驚いたように目を見開いて私を見つめた。
その口が何かを告げようと微かに開き、しかしすぐに閉じられた。
何故か切なげに細められた目は私から逸れ、静かに正面に向き直った。
そして小さな声で彼は私に言った。
「必ず無事に逃げ切ろう」
私は深く頷いた。

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