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4-3 君の名前(1)

 10,2016 13:17



君の名前。


3


城の地下通路は瓦礫で通れなかったことをセンリに伝えれば、
少し考えたようにセンリは眉を寄せ、私の手を引いて大聖堂の方へ向きを変えた。
「センリ、大聖堂には兵が・・・!」
大聖堂のレヴァンス達の安否は気になる。
しかしその場所は、先ほど多くの兵士が乗り込んできた場所だ。
慌てたように言った私に、センリは微笑んで言った。
「あっちは大丈夫だ」
「え・・・?」
私は首をかしげた。
彼のその言葉の意味が理解できなかった。
手を引かれるまま大聖堂まで行くと、扉の前で私たちは足を止めた。
以前、アイナさんの城で垣間見た戦場の酷さを思い出して体が震える。
無数に積み重なっていた死体、あの光景を今も忘れられない。
怖い。
もしも、皆無事でなかったら―?
扉に触れたままの私の手に、センリの手が覆うように重ねられた。
「大丈夫だから」
そしてゆっくりと扉が押される。
ぎいっと重たい音がして、扉が開かれ、大聖堂が姿を現した。
私は息を呑んだ。
部屋の中は兵士が暴れた多くの跡が残っていた。
赤い絨毯の上には幾つものガラスの破片が落ちており、柱も幾つか倒壊している。
そして部屋の先、そこには身を寄せるように集まっている人々がいた。
「皆・・・!」
彼らは一斉に私の方に振り向き、驚いたように目を見開くと大きな声で叫んだ。
「姫様!!」
ふらふらとした体で皆が私の元へと駆け寄ってくる。
その先頭にいたのはレヴァンスだった。
私を囲むと皆は口々に言った。
「姫様、無事で何よりです!」
「よかった・・・姫様に何かあったら私達・・・!」
無事を喜ぶ言葉は、私が彼らに思う感情と全く同じものだ。
小さな傷を負っている者もいるが、誰も大事に至るような怪我をしていない。
ああ、良かった・・・本当に。
心から安心して大きなため息をついた。それと同時に私は不思議に思った。
あんなに多くの兵に不意を突かれた状態だったのに、無事でいられるなんて。
私の心の中の疑問が、レヴァンスに伝わったのか、
レヴァンスは泣いて真っ赤にした顔をセンリの方に向けた。
「この方のおかげです・・・」
「センリが・・・相手の兵を倒したの?」
センリの方を見ると、彼は少し苦笑いをしながら頷いた。
「とりあえず、この場所は・・・な。
まあ他の場所も見てきたが、おそらくはもう大丈夫だろう」
その時呻き声が聞こえて私は部屋の隅に顔を向けた。
今まで気が付かなかったそこには体を縛られた兵士が静かに横たわっていた。
体には幾つか矢が刺さり、負傷している者もいるが急所は外されていて、
どの兵も胸が上下に動いていて、生きていることが分かった。
凄い。これをセンリがやってのけたというの?
「・・・ありがとう」
感謝しても仕切れなかった。
微笑むとセンリは小さく頷いた。
「あのー」
センリの方を見つめていると、不意にとんとんと後ろから遠慮がちに肩を叩かれた。
振り返るとローザが柔らかな笑顔を浮かべて言った。
「それでこの方は姫様にとって・・・どういう方なんです?」
この場面でこんなことを第一声で言ってのけるのは、ローザだからだろう。
周りの人も真剣な目で、中には興味津々といったような目で私の方をじっと見ている者もいる。
センリは私にとって。
「・・・・・・」
大切な人、愛おしい人、だけどそれ以上に何かがある。
私には、センリに聞かなければいけないことがあった。
あの時。
塔で私が追い詰められた時、センリは私を何て呼んだ・・・?
真剣な目をして見れば、同じように真剣な瞳をセンリは私に向けた。
ねえ、どうして。
「センリ。どうして私を- ミツキと呼んだの?」
人々は私をオネットと呼ぶ。
私が自分の気持ちに正直だから、という理由はあったかもしれないが、
一番の理由としては、皆が私の本当の名前を知らないからだ。
私の本当の名前は、ミツキ=アテナンティス。
その名前を知っている者は、ほんの数名しかいない。
アテナンティスでは王女は結婚するまで名前を一切口外してはいけない。
そんな仕来りがある中、私の名を知っているのは王族である両親と、レヴァンス。
そしてあと一人は、かつて私が自ら名乗った ―彼、だけだ。
私は口元を手で押さえた。
涙が溢れてくる。
「センリ、あなたは一体誰なの?」
その声で、その名前を呼んだのは何故?
センリは自身の懐に入れていたペンダントをそっと取り出した。
それはセンリのお母さんの形見、アイナさんから取り返したあのペンダントだった。
ダイヤ部分が割れていて、そこに入っていた花はもうなくなっていた。
代わりに小さな黄色の光が、まるで蛍のように小さく輝いていた。
「―    」
センリが小さく何かを呟くと、
その光はペンダントから離れて私の方へとゆっくりと近づいてきた。
そして私の額へと触れた時、私は目を見開く。
すぐ傍でセンリが言った。
「今度は、お前が思い出す番だ」


* * *


ぽちょん、ぽちょん。
先刻まで雨が降っていたのだろうか、
木々の葉から雫が滑り落ち、水面に落ちると波紋を作ってそこに映る私の姿を揺らしている。
ぽちょん、ぽちょん。
それをぼんやりと眺めながら、私は待っていた。
愛しい彼を、待っていた。
冬の近い空気の冷たさに自分の腕を強く抱く。
今日はどうしたのだろうか、いつもならもっと早くに来るはずなのに。
もしかして今日は来ないの?
そう考えながらも、帰ろうとは思わなかった。
あと少し、あと少し。そう言いながら、何十分経ったかは分からない。
それでも私は、彼を待っていた。
そしてしばらくして森の静寂はそっと静かに破られた。
後方から葉っぱを踏みしめた音が聞こえた。私は弾かれたように振り返った。
そこに立っていたのは王子。
遠くて暗くて、まだその表情は見えない。
私は思わず立ち上がって、その場で立ち尽くしている彼の元へと駆け寄る。
大好きな、大好きな彼。
そして私は彼の目の前まで来て足を止め、目を見開いた。はっと息を呑んだ。
そんなことが―・・・。
「センリ・・・」
「―     」
今とは違う声、違う髪、違う口調、だけどこれは間違いない、センリだ。
センリだった。
不意に私は目の前の彼に腕を引かれ、その胸に静かに飛び込んだ。
耳元で悲痛に彼は私にあの夜と同じ言葉を紡いでいた。
そして彼は言った。
「必ず戻ってくるから。・・・だから待ってて」
この言葉を信じて私は十年待った、待ちたいと思った。
そうだ。
私が・・・私が待っていたのは。
思いが溢れてきて、手で顔を覆った。
私が待っていたのは―・・・。


* * *


「思い出した・・・?」
センリは私の手を優しく掴み、そっと顔を覗く。
私は静かに彼を、彼の常盤色の瞳を見つめながら言った。
「・・・髪の色が違う」
「これは初めて魔法を習得した時に、ロキサニーに言われて変えたんだ」
「・・・昔は、”僕”って言ってた」
「十年も経てば口調は変わるよ」
「・・・・・・・・・・センリなの?」
もう全てを思い出しているのに、縋るようにセンリにそう聞いた。
涙が止まることなく溢れてきて、顔を滑り落ちていく。
センリは困ったように微笑むと、常盤色の瞳を細め、
「待たせてごめん・・・ミツキ」
名前を呼んだと同時に、私を引き寄せた。
サーヴァリアの旅の途中で、何度かこうしてセンリが私を抱きしめてくれたことがあった。
だけど今、彼は今までで一番強く抱きしめてくれている。
力強い腕、優しいぬくもり。
涙が止まらなくなって私は彼の胸に顔を埋めた。
「センリ」
あなただった、私がずっと思い求めていたのは、あなただった。
アイナさんの部屋で別れてから、否、十年前のあの夜から私はずっと待っていた。
愛しいあなたを待ち続けていた。
「ずっと会いたかった・・・っ」
腕を彼の後ろに伸ばして、彼を抱きしめ返した ―その時、
どこからか澄んだ鐘の音が聞こえて、誰かが叫んだ。
「祝福の鐘だ・・・!」
センリと私は驚いて、一度体を離してお互いの顔を見た。
大聖堂を鐘の大きな音が空気を震わせ、響く。
音に驚いたのか、窓からは白い鳥達が青空へと飛び上がっていくのが見えた。
祝福の鐘。
「一体誰が・・・」
二回目の鐘の音が鳴った。
天井を仰ぎ、鐘の方を見ると、その紐に何か白い物がぶら下がっているのが見えた。
ふわふわとしたあの体には見覚えがあった。
思わず私は小さな声で叫んだ。
「ニック・・・!」
驚いて見つめていると、私の視線に気づいたのかニックは微笑んだ。
小さな体で必死に鐘の紐を引っ張って鳴らしてくれているのが分かる。
そして三回目の音が鳴った。
不意にセンリがそっと私の頬に手を添えた。私はゆっくりとセンリの方に視線を戻す。
真剣な瞳が、私をまっすぐ見た。
落ち着いた優しい声が、私の名前を呼んだ。
「ミツキ」
それと同じように心の中で私はセンリの名前を呼ぶ。
センリ。
綺麗な常盤色の瞳がそっと伏せられ彼の吐息が近くなる。そっと私も目を瞑った。
唇が触れる直前で、彼は甘く優しい声で私に言った。
「- 愛している」
五回目の鐘が鳴ったと同時に、彼と私の唇が重なった。
もう離れないように、とぎゅっとセンリの背に腕を回せば、彼の手の力が一層強くなる。
一ミリの隙間もいらなかった。
周りから割れんばかりの拍手と歓声が上がったのが分かった。
その音はしばらくたっても鳴り止まなかった。
しばらくして私達はそっと唇を離し、お互いの顔を見ると微笑み合う。

十年も前から。
あなたの優しさ、強さ、美しさ、全てに惹かれて魅了されていた。
あなたと一緒に生きることを切望していた。
やっぱり諦められない。
だって私には ― あなたしか、いない。

「私も、あなたを愛しています」

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