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4-3 君の名前(2)

 10,2016 13:19



僕は、部屋の窓から外を眺めていた。
冬の青空はとても澄みきっていて、白い雲一つさえ見つからない。
海のような青がどこまでも続いているだけだ。
それを見ながら、僕は此処―オネットの部屋で澄んだ鐘の音をただ静かに聞いていた。
― 祝福の鐘。
先ほど自分が大聖堂にいた時には、その音は連続して四度しか鳴らなかったが。
「・・・五回目」
今聞いた音は、五回目-最後の音だった。
バサバサと白い鳥たちが、列をつくり空を駆けていった。
鐘の音が鳴り終え、部屋の中は元の静寂に戻る-はずだった。
「奇跡じゃないわ、これは運命よ」
僕しかいないはずの部屋の中に、僕ではない別の誰かの声が響いた。
窓の方に体を向けたまま、僕は"誰か"に声をかける。
「― 君は、誰」
するといつの間にか僕の後ろにいた誰かは答える。
「私?・・・私は魔女よ」
その言葉にゆっくりと振り返れば、そこには黒い服を身に纏った女性が立っていた。
今まで読んだ文献で魔女の存在について知ってはいたものの、
実際に会ったのはこれが初めてだった。
偽物、ではないだろう。
先程までびくりともしなかった扉が簡単に開かれているのが、その証拠だった。
「魔女・・・なるほど、となればやっぱりさっきのも魔法だったんだね」
この部屋にくる前― 敵と対峙していた時にできた不自然な床の崩壊。
魔法のせいだと言えば、確かに納得がいく。
魔女はくすくすと笑いながら僕に言った。
「今のは祝福の鐘。あなたのお姫様と何処ぞの王子は結ばれた。
あなたはこんな場所にいていいのかしら?」
「・・・・・・」
「私の力があれば、二人を引き裂くことができる。さあ、どうする?
どうしても手に入れなくてはいけない子だったんでしょう?」
それを聞きながら、ああ、と僕はようやく理解した。
きっとこの子はオネットが言っていた、彼女に魔法をかけた魔女なのだ。
僕は首を振ると言った。
「・・・断るよ」
「あら、どうして?」
「どうしてって?・・・彼女のことが好きだからだよ」
国を思えば、彼女との結びつきがどうしても必要だった。
だけど、それだけじゃない。
昔会った王子を僕だと勘違いして笑いかけている彼女の笑顔が、心の綺麗さが、
どうしようもなく眩しくて、愛しくて。
そして愛してほしくて、僕はオネットを求めた。
いつか僕が約束の王子でないと分かったとしても、それでも愛してくれたなら。
だけど。
"「違う人を愛しています」"
彼女は僕を昔会った王子だと思っていたにも関わらず、そう言ったんだ。
僕は悟った。いつか、なんて日がくることはきっと有得ない。
彼女の心は絶対に手に入らない。
こんなにも切望しているのに。
「好きなら、尚更。どんな手を使ってでも手に入れたらいいのに」
勿論初めはそうするつもりだった。
手放したくなかった。だから、僕にはこの誕生祭が全てだった。
しかし敵の兵が襲撃してくるという不測の事態が発生してしまった。
なぜあのタイミングだったのか。
彼女の言葉を借りればそれも"運命"だったというのか。
しかし僕は諦めていなかった。逃げきればまたやり直せると。でも。
「できなかったんだよ」
敵から一緒に逃げている時に彼女は言った。
"「今度は、私があなたを守るから」"
ああ、言われてしまったら、もうどうしようもなかった。
あくまで同じ立場だと、守る立場にないのだと、思い知らされて。
彼女は、僕には届かない存在だったのだと理解せずにはいられなかった。
そして。
あんなに綺麗な心の彼女をもう傷つけられないと、幸せになってほしいと思ったから。
「好きだから、自分の幸せよりも彼女の幸せを祈ってしまったんだ」
そう言うと魔女は、
「馬鹿な人ね」
とさっきよりも自然な温かな笑みを浮かべて呟いた。
その姿を見て、ああと僕は息を漏らした。そうか、なるほど。
「君も一緒なんだね」
引き裂くだなんてさっき彼女は言ったけど、きっとそんな気はさらさらなかったに違いない。
魔女は目をぱちくりさせてから首をかしげて、悪戯っぽく言った。
「さあ、どうかしらね」
そんな会話をしていると何処からか、ぱたぱたと歩き回る音が聞こえてくる。
誰かが城の廊下を走っているらしい。
「ところで、失恋した男女が一緒になれば新しい物語が始まるとはよく言わない?」
冗談っぽく僕はそう言った。
「それもいいかもしれないわね。
だけども、残念ながらそれはきっとないと思うわ」
彼女がそう言った時だった、廊下から「何処に行ったんですかー!?」と
少年の声が聞こえてきて、二人でドアの方を見つめた。
どうやら、魔女のことを迎えにきたナイトがいるらしい。
「・・・そろそろ私は行くわ」
「それがいいね。― そうだ、最後に教えて。君の名前」
彼女は振り向くと、花のように優しい笑顔で言った。
「アイナよ」


* * *


そして数日が経った。
アテナンティス国は他国に侵入されていたのにも関わらず、死者は一人としてでなかった。
それは一人の魔女と一匹の兎、そして姫を愛する一人の男のおかげで。
アテナンティスとナオリオ国は、婚姻での結び付きはなかったものの、
その後も同盟により親交を更に深めていった。
そして、あの二人は―・・・


* * *


「雪が降ってくる・・・綺麗だわ」
空から小さな白い粒がゆっくりと舞い降りてくる。
数時間前も降っていたのだろう、地面には雪が少し積もっていた。
今年は去年よりも降るのが遅かったな・・・そう思いながら、少し足早に歩く。
すると、地面が濡れているせいだろう、前に出した右足がつるっと滑った。
「・・・わっ!」
後ろに倒れそうになって、私は目を瞑る。
だけど転ぶことなく、体は誰かによって支えられた。
「・・・ちゃんと前を見て歩けって、危ないだろ」
耳元で優しい声が聞こえて私は目を見開く。
苦笑いをしたセンリが私の腕を掴んで、体を支えてくれていた。
私は彼を見て微笑み返すと、悪戯っぽく言った。
「うん。でもね、センリがいるから大丈夫でしょう?」
「・・・あのなぁ」
呆れたような声を出しながらも、センリは頬を赤く染めていた。
照れていることが分かって私は、ふふと小さく笑みをこぼした。
「それより、もうすぐ着くね」
私とセンリは二人で、ある場所に向かっていた。
それはアテナンティス国のすぐ隣にある森 ― サーヴァリアの森だった。
一か月ぶりほどに向かった森は、すっかり穏やかな森になっていて、
冬のせいだろう、生き物が眠っていてとても静かだった。
聞こえるのは、雪を踏みしめる私とセンリの二人の足音だけ。
外に出てからしばらく時間が経っているので、少し寒くなってきた気がする。
両手を合わせて息を吐けば、白い息が雲のようにふわりと広がって空気中に溶けた。
「・・・もう少しだ」
そう言ってセンリは私の手を握った。
繋がれた手がとても温かい。
センリの右腕に縋るように、私はくっついた。
そして数分後、私たちは湖の中心の ― 二人で良く出会っていたあの場所へとたどり着いた。
湖の水はもう寒さで凍ってしまっていて、透明な氷が一面に広がっている。
そこに光が当たって表面はキラキラと輝いていた。
「いつ来ても、ここは綺麗ね」
「・・・そうだな」
しばらくぼんやりとその風景を眺めていると、不意にセンリが小さく呟いた。
「俺、いつかあの国をもう一度やり直したい」
「・・・メルディス?」
「ああ。今も他の国に亡命したメルディスの民が沢山いて、そうなることを望んでいる。
お前の国のように温かな国ができたら、きっと父の後悔も報われる」
「それなら、私も協力するわ」
その言葉にセンリが私を見て、小さく顔を横に振った。
「ミツキに迷惑をかけることなんて、」
「できるわ。それに迷惑だなんて思っていない。
それともまたあなたが一人で頑張って、私を置いていくの―?」
そう言えば、罰が悪そうにセンリは眉をしかめた。
過去の、私をずっと待たせたことを思い出しているらしい。
「もう、ミツキを待たせたりはしない」
「・・・うん」
約束ね、そう呟いて小指を差し出せば、センリは優しく微笑んで同じく小指を絡ませた。
「ずっと一緒だ」
私は頷いた。
もう離れたりなんかしない。
私はこの人と、どんな道も一緒に歩いていく。
「それにしても…大臣達もアテナの国民も、イズミ王子との婚姻の破綻を
すぐに受け入れてくれるとは思ってなかったわ」
ナオリオ国との繋がりはアテナにとっても大切なものだった。
そしてそれを皆が望んでいるから、私はイズミと婚姻をしなければいけないはずだった。
そう覚悟していた。
それなのに、あの祝福の鐘が終わり、みんなに思いを伝えたところ、
呆気無いほどすんなり、みんなは私の気持ちを受け止めてくれた。
ローザが言ってくれたことをきっと私は一生忘れない。
『言ったではありませんか、私達の幸せは姫様が幸せでいてくれることだと』
その後は胸が熱くなって、涙が止まらなかった。
「それほど皆がミツキのことを愛しているってことなんだろうな。…だけど、」
「・・・?」
そこで言葉を止めてしまったセンリを見上げると、綺麗な瞳が降ってきた。
思わず目を閉じれば、その瞬間唇に柔らかいものが触れた。
「!」
驚いた拍子にまた滑りそうになった私を強く抱きとめると、耳元でセンリは呟いた。
「だけど、ミツキを一番愛しているのは俺だ」
「・・・センリ!」
恥ずかしくて思わず彼の名前を呼べば、センリは満足そうに笑った。
「愛してるよ、ミツキ」
冬なのに、体がぽかぽかと熱くなる。
いつも私はセンリに驚かされてばかり。嫌じゃないんだけど、少し悔しい。
そう思って、私はセンリの首元に自ら腕を回した。
そして今度は私から口付ける。
唇が離れると、驚いているセンリに向かって私は言った。
「私は一番センリを愛しているわ」
「・・・・・・っ」
今度はセンリの顔がうっすら赤くなり、私たちは同時に笑い始める。
近くにあるぬくもりは、もう何処にもいかない。
私のものだと、信じられる。
だけどそれもこれも、"彼女"のおかげなのだと私はセンリから聞いた。
笑っていた私たちは不意に、黙り込む。
お互いを見つめて、うんと頷くと二人で湖の大樹の方を向いた。
きつく手を握りしめながら、私たちは大樹に向かって頭を下げる。
そこに、彼女がいると思って。
そしてしばらくして頭を上げると、私たちはその場を後にし、再び城まで歩き始める。
雪がまた積もったから、と先に歩いてくれるセンリの後をゆっくり進む。
そして湖が見えなくなるか、という所で私は振り返った。
「!」
湖の方に黒い人影が立っていた。―アイナさんだった。
アイナさんは私の方を見て不機嫌そうに、だけどどこか優しい声で言った。
「あなたが嫌いよ」
その言葉に私は微笑む。
あなたがいなければ、きっと私は何処へも進めなかった。
あなたがいたから、私は真実へと辿り付けた。
もしまたあなたと再び会うことができるのなら、 ― 今度は友達になれることを願うよ。
「ありがとう、-アイナさん」

雪がしんしんと積もっていく。
アテナンティスは真っ白な雪に包まれた。
そして訪れたのは、幸せな冬。

これが、私の-真実と愛の物語。

fin


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