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Nick

 14,2016 22:01



Nick

あるところに、ニックという少年がいました。
ニックはサザールという国の、スヴァムという小さな村に住んでいました。
そのスヴァムは大変貧しい村であるにも関わらず、村人は重い税を課せられていました。
ニックの家も、その日一日一日を過ごすのがやっとな暮らしを続けていました。
ある日、ニックの両親が疫病にかかり、床に伏せました。
ニックは9歳というまだ幼い歳ながら、両親の薬代を稼ぐために
隣町まで毎日歩いて二時間の距離を通い、働き、お金を得ていました。
それでも莫大な医療費は、集まりませんでした。
ついに、ニックの思いも空しく、母が亡くなりました。
ニックは母の亡骸に縋り付いて泣きました。

そしてどうか父だけは、と以前よりも必死になって毎日働きました。
ニックの様子を見かけた隣町の村人が、重労働だが賃金のよい仕事を探してくれました。
ニックは迷わず働くことに決め、自分の家 ―村まで戻らず、寝る間も惜しんで働きつめました。
そしてやっと。
父の薬代を確保でき、ニックは喜んで村まで帰りました。
「お父さん見て、お金が集まったよ・・・!」
しかし、家に戻ってきてニックが見たものは、もう動かなくなった父の姿でした。
触れてみれば、息を引き取ったのが何時かも分からないほど冷たく固くなっていました。
ニックは呆然と父親の姿を見ていました。
何故か今度は涙が出ませんでした。
そう、幼い少年の心は壊れてしまったのです。

そしてそれからが酷い毎日でした。
疫病は伝染するものである、それが分かった村人はニックを迫害し始めたのです。
両親はもういません、彼を守る者は誰もいませんでした。
父の医療費に、と稼いだお金も、
村人は「お前に売るものは何もない」と使わせてはくれなかったのです。
隣町に行く勇気もありませんでした。
ニックの元々白かった肌には栄養不足で青い痣ができ、手足は痩せ細り、ろくに歩けなくなりました。
そんな時でした、ニックが事件に巻き込まれたのは。
スヴァムの村に珍しく、サザールの王が巡回にやって来ることになったのです。
村人は貧しい村の現状を知ってもらえる、と喜びました。
しかしそれはニックにとっては、不幸を招きました。
馬車に乗って、王とその使いや兵士達は村に入りました。
村人は王の道を開け、頭を下げました。
ところが、もう歩く気力さえないニックにはそれができなかった。
運悪く道にしゃがみこんでいるところで、王達に出くわしてしまったのです。
「危ないぞ!退け!」
近づいてくる馬の足音もニックにはよく聞こえていませんでした。
当然退くものだと思っていた馬車の御者は、ニックが退かないことに驚き、
手綱を引きましたが、遅かったのです。
馬が左右へと暴れ、馬車は横転してしまいました。
王は軽い怪我を負いましたが、慈悲がありました。
しかし、ニックを邪魔に思っていたスヴァムの村人が処刑に処すべきだと進言したのでした。

スヴァム城の地下牢にニックは入れられました。
暗くてひんやりしたその場所でニックは横たわっていました。
暖かな光はいらなかった、温かな布団はいらなかった、
ニックは水が欲しかったのです。苦しく息が上手くできませんでした。
門番から夜明け後に処刑されるということを聞いても尚、ニックは涙を流しませんでした。
ただ絶望していたのです。
運命というものに。
悔しさを感じながらも、少しずつニックは死を覚悟しました。
しかし、その夜中。
寝ることもできずに、ぼんやりとしていたニックは奇妙な音を聞きました。
ドサッ、と何かが落ちたような音でした。
重たい頭を上げて牢の外を見ると、門番が何故か倒れていたのです。
そしてその横に、見たこともない少女が一人佇んでいました。
必死に声を振りしぼってニックは聞きました。
「君は、誰?」
少女は悲しげな、悲しい物を見るように目を細めて言いました。
「私はアイナ。魔女よ」
「魔女?・・・何をしに来たんですか」
ニックは床に爪を立てて、アイナを睨みました。
アイナは泣きそうな声でニックに語りかけました。
「どうか怯えないで。
私は偶然か運命なのか、弱った兎のようなあなたを見つけた。
昔の私のようなあなたに。だから、此処から出してあげる」 と。
しかしニックは首を振って、それを拒みました。
「僕は迫害され、辱められ、此処で死ぬ運命にある。
でもそれでいいんです、もう ―・・・疲れた」
もうニックには頑張る力は残っていませんでした。
体も心ももうとっくに限界を超えてしまっていたのです。
それでもアイナはずっと説得し続けました。
誰もが死ぬ運命にある、しかし決して死ぬ為に生まれてきたのではない、と。
誰もあなたを愛さなかったのなら、私があなたを愛してあげるから、と。
必死な説得に少しずつニックは心を動かされました。
次第に震え始めた手をきつく両手で握り、ニックは聞きました。
「僕は生きていてもいいんですか?」
柵に手をかけ、アイナは言いました。
「生きてはいけない人間なんていない」
アイナは魔女でしたが、この時はまだ自由には魔法を使えませんでした。
その為に、柵を壊すことは不可能でした。
しかし、不確定な魔法でしたが、一つだけ彼を檻から出す方法を知っていました。
それは柵を通り抜けられるほどに、彼の体を小さく変えてしまうことでした。
アイナは呪文を唱えると、ニックを兎の姿へと変えました。
そして両手を広げて呼びました。
「ニック、私と一緒に生きよう」
唖然とアイナを見つめていたニックは、視界がぼやけるのを感じました。
(諦めたはずなのに、生きることを諦めたはずなのに、まだ涙が出るなんて)
そしてニックは我慢できず、兎になった姿で柵を抜けると、
アイナの胸へと飛び込みました。
アイナは壊れ物に触れるかのように優しくニックを抱きしめました。
「もう、大丈夫よ」
二人は地下牢から外へ出ました。
ニックはアイナに抱きしめられたまま、そっと夜空を見上げました。
とても優しい光を放つ満月の空でした。

ニックは兎のまま、人間に戻ることはできませんでしたが、
ニックはアイナを責めたりはしませんでした。
満月の日だけ人間に戻れる、それだけで十分でした。
(でもいつか、完全な人間の姿になれたなら、僕はアイナに―)
そう遠い未来の日々を夢見ながら、ニックは過ごしていました。
そう、ニックはアイナのことが愛しくてたまらなかったのです。

しかしニックは知っていました。
アイナには思い慕っている人がいることを。
それは同じ城に棲む、センリという少年でした。
自分よりも前に城に来ていることもあり、その素性は分かりませんでしたが、
どこか年齢の割に落ち着いていて賢く、高貴な雰囲気を持った少年だ、とニックは思いました。
初めは嫉妬に近い感情を抱いていたものの、
ニックは純粋にアイナの幸せを望んでいたので、二人が結ばれることを期待していました。

そんなある日、城の主であるロキサニーが死にました。
アイナは一人悲しみに明け暮れていました。
そんな時に限ってタイミングが悪く、センリは城にいませんでした。
ニックは悲しむアイナの傍に寄り添い、励まし続けました。
すると、アイナは母が亡くなる前にアイナに語ったという言葉を聞きました。
それは実はセンリは記憶喪失であり、その記憶が彼のペンダントにあるということ、
そしてセンリには昔に愛を誓った少女がいること、でした。
ニックはアイナが心配でした。
センリの記憶を戻す必要はない、とニックは彼女に言い続けました。
しかし彼女は傷つきながらも、センリの傍にいたいと願いながらも、
センリと少女 ―ミツキを再び結びつけようとしました。
記憶のペンダントを壊そうとしたり、
オネットに魔法をかけたり、真実を語らず、―自ら悪役となり。
それを傍らで見守っていたニックでしたが、ある時我慢ができなくなりました。
センリとオネットは再び出会ってしまった。
― このままでは、アイナはどうなる?
許せなかったのです、アイナが傷つくという未来が。
ニックは城を飛び出しました。
邪魔なのは、少女―ミツキでした。彼女さえいなければ、アイナは傷つかない。

ニックはミツキを殺すつもりでした。
覚悟をして城を出たはずでした。
しかし一緒に旅をすることになって、短い時間ですが同じ時間を過ごしていくうちに、
ミツキの綺麗な心に、惹かれていくようになったのです。
気が付けば残酷なことに、彼女を好きになっていました。
アイナとは違う"好き"という感情でしたが、
確かにニックにとって彼女は大切な存在となっていました。
君が、君でなければよかったのに。
幾らそう思ったかは分かりません。
ニックはミツキに手をかけたくはなかったのです。
それでもニックにとってはアイナが一番でした、全てでした。
自分が裏切り者だと気づかれた夜に、ニックは泣きながらオネットに毒の牙を突き刺しました。
それが ― 思惑に気づいて入れ替わっていたセンリだとも気が付かずに。
ニックは翌朝、自分の失敗や罪悪感に気づいて二人の元から離れました。

城では全てを予測していたようにアイナがニックの帰りを待っていました。
ニックは自分に罰を与えてくれるように、アイナに言いました。
そうしなければ彼女の傍にいられない、そう考えたのです。
アイナはニックの気持ちを汲んで
双子座の箱に、センリのペンダントと、
ニックが元の姿に戻る手がかりの書いてある書物を入れてニックに持たせました。
数日ぶりにミツキとセンリに出会うと、ニックは正直にペンダントの在り処を言いました。
二人はニックを信じて、ペンダント得ることができました。
しかしその代わり、ニックは人間に戻ることができなくなったのです。
ニックは後悔はしませんでした。
いつしか、ミツキとセンリが結ばれることをニックも望むようになっていたからです。
そしてアイナやニックのおかげで、二人は無事に結ばれました。

その後もニックはアイナの傍をずっと離れませんでした。
不器用で、だけど優しい彼女を死ぬその時までずっと愛し続けました。
ニックは思いました。
彼女に出会うために、
彼女を一人にしないために、
「アイナ、僕は君に会えてとても幸せだった」
自分は生まれてきたのだ、と。

Nick end.


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