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1-3 少しずつ埋められる虚無(1)

 06,2016 20:02



その笑顔は誰に向けるはずのものだったのだろうか。

3

あの夜から二ヶ月が経とうとしている。
私はよほど天候が悪くない限りは毎晩のように森で王子に会っていた。
初めの頃は思い出ばかりを語っていた私も、次第に今のことを話すようになっていた。
できることなら思い出してほしい。
でも今はただ会えるということだけでも、幸せなのだと思えた。
「姫様、最近いいことありましたか?」
大臣が経済学の勉学中に私に言った。
顔に出しているつもりはなかったのに、と私は口元を本で隠した。
「よく分かりましたね」
「一体何歳の頃から姫様を見ているとお思いですか」
得意気な顔をして大臣は髭を撫でた。
「姫様の笑顔を見ていると、私までも幸せな気持ちになりますぞ」
「それは嬉しいわ」
自分の大切な人が笑っていてくれると幸せなのは私も一緒だった。
そして国の皆がそうなら、これ以上嬉しいことはない。

数年前。
そうあれも十年ほど前、この国は一つの戦争をしている。
期間にしては一年ほどだったが、死者も負傷者も大勢出た。
直接の戦場となったのは国外だったため、物質的な復興は早かったものの、
国民のこころの傷はきっと今も完全には癒えていないだろう。
それでも数年前から街には笑顔や活気が戻ってきている。
「― それはそうと、あと二週間後になりましたね。
 どの者も姫様の誕生祭のために張り切って準備をしております」
「感謝しなくてはね。ありがとう、大臣も」
「勿体ない言葉ですな。…それでは勉学の方に話を戻しますぞ」
大臣はそう言うと、本を開いて経済論を再び語り出す。
それを聞きながら、私はつい忘れていたことを思い出した。
そうだ、本。
あの森について調べてみよう。


城の書庫は全部で三つある。
大臣達が使う一番大きな書庫に、誰でも閲覧できる書庫、
そして上位の王族のみが入れる一番小さな書庫。
私は後者の書庫に入ると、自分の背の倍はある棚を見上げる。
さて、あの本はどこにあっただろうか。
整理されていない本の山からそれを探すのは困難に思えたが、
他の書庫にはなかったから仕方がない、と私は片っ端から探していくことにした。
普段ほとんど誰も使用していないからか、棚も本自体も埃をかぶっている。
時々それを吸い込んでしまいその度に咳をしながら、しかし私は手を止めず探し続けた。
そして一時間が経ったぐらいだろうか、
手を伸ばしてやっとのことで届く場所に、深緑色をした本を見つけた。
自分の手のひらと同じぐらいの本。
昔見た森の本とは違う。こんな本もあったんだ。
そっと手で埃を拭うと、汚れて見えていなかった題名が現れた。
”人の心を惑わす魔女の世界”
私はそっと表紙をめくった。


「・・・・・・・・・」
私は夢中になり次々にページを開いていった。
そこに載っている内容は、恐ろしい魔女の生態についてばかりだった。
そして私はあるページを開いた時に、見覚えのある名前を見つけて息を飲んだ。
サーヴァリアの森。
あの森の名前だった。
「・・・― ”サーヴァリアの森では百年前に魔女の目撃が相次いだ”」
手で文字をなぞりながら、私はゆっくり声に出して読んでいく。

”サーヴァリアの森では×××年頃に魔女の目撃が相次いだ。
魔女に遭遇したという者は、正気でない瞳で街へと戻ってきた。
精神が狂った者がいれば、記憶喪失を起こしている者もいた。
興味本位で森へと足へ運んだ者は二度と帰ってはこなかった。
その事件が続いたため、自然豊かで美しいサーヴァリアを訪れる者はいなくなっていった。
将来有望とされた学者は、原因不明の高熱で倒れ、死ぬ間際に呟いたという。
「サーヴァリアは魔女の森だ」と。”


私は静かに本を閉じた。
自然と鳥肌が立っていた腕をさする。ぞくぞくっと寒気がした。
信じられない。あの森にこんな話があったなんて。
そっともう一度同じページを広げ、そこの挿絵を眺める。
黒い服を体に纏い、不敵に笑い吊り上る目と口。これが魔女?
これがあの森に?
「魔女の、森」
私はそう呟くと先ほどの文章に視線を戻し、もう一度ゆっくり呼んでいく。
そしてある言葉に目がいった時、私ははっと息を飲んだ。
指で文字をなぞる。
「”記憶喪失”?」

―君は誰?

思わず手から本が滑り落ちた。
まさか。そうなのだろうか。
彼は、魔女にあって記憶喪失になっているのではないだろうか?
それならば全て納得がいく。
「そうだったんだ・・・」
書庫の窓から外を見ると、とてもいい青空が広がっている。
きっと今晩は綺麗な星空に違いない。
早く会いたい。
今知ったことを話したら、彼は昔のことを思い出せる?
いいえ-思い出せなかったとしても、あの愛しい日々は確かに存在したとそれが分かっただけで私は。
本を机の上に置いたまま、私は書庫を後にした。
心の靄がなくなったような気がした。

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