FC2ブログ

スポンサーサイト

 --,-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

1-3 少しずつ埋められる虚無(2)

 06,2016 20:18



昼間予想した通り、今晩は星空がとても綺麗な夜だった。
東の空には三日月が優しく光輝いている。
湖の傍に座り、穏やかな気持ちで私は空を見上げていた。
しばらくそうしていると、王子がやってきて私の隣に座った。
「オネット、今日は早かったんだね」
「うん、早くあなたに会いたくて」
「それは僕も同じだよ。だけど、今日はいつもより幸せそうに笑うんだね。何かあったの?」
「・・・いいえ、何もないわ」
一瞬、あの本のことを思い出した。
魔女のことを言ってみようかと思ったけれど、結局は私は王子に話すことを止めた。
彼は忘れたくて忘れたわけじゃなかった。
それが分かったからもう、無理に思い出してもらわなくてもいい。
「そっか」
王子は私の手に自分の手を重ねた。
温かな体温が伝わってくる。
思わず王子を見ると、王子は私に優しく微笑む。重なっていた手がぎゅっと握られた。
そっと王子の肩に頭を置き目を瞑れば、王子の爽やかな匂いを感じる。
微かに吹いている風が木々の葉を揺らす。
手を繋いだまま、しばらく何も語らず二人でその音を聞いた。

* * *

そういえば以前、彼とこんな話をしたことがある。

「―――、君には夢がある?」
「夢?」
唐突にそんなことを聞いてきた彼に、私は驚いて瞬きをした。
確かにもう七歳ならば、夢というものを持っていてもいい頃かもしれない。
でも自分は姫だ。
他のものにはなれない。生まれた時から決められた変えることのできない、運命。
「んー・・・ないかなぁ」
「・・・ないんだ?」
「だって私は姫だもの。あなたは?」
「僕?あるよ」
笑って彼は言う。
てっきり彼も”ない”と言うと思っていた私は思わず首をかしげた。
「え?でも、あなただって王子じゃない」
「そうだよ」
「?」
「王子は王子でもいろんな王子がいるでしょ?
 のんびーりお菓子ばっかり食べてる、ぐーたらな王子とか」
「ふふ、何それ。そんな王子様聞いたことないよ?」
「それはあくまで例え話だよ」
彼は近くにあったもう萎んで落ちてしまった花を見つけると、そっと自分の左手のひらの上に載せた。
「・・・僕はね、父さんみたいな王にはなりたくないんだ」
彼の表情から微笑みが消えた。
眠るように小さくなっている花を、彼は人指し指で優しく撫でる。
か弱い命を愛おしむかのように。
「大きな野望にとらわれて、大切なものを忘れていく。
自分を守るために弱いものを切り捨てることも厭わない。
そんな王の元につく家来は、民は、どれだけ不幸なんだろうね」
そう語る彼は切なげに眉を下げた。
「それがあなたのお父様?」
「そうだよ。暴君と恐れられる王が、僕の父親だ」
「そんな」
優しい彼の父親がそんな人とはなかなか信じられなかった。
思わず私は彼の腕に触れる。
「・・・心配しなくても大丈夫。僕はそうはならないよ」
彼は手のひらに載せた花びらをそっと優しく掴むと、湖の水の上にそっと載せる。
「僕はどんな小さな命も大切にできる王でいたいんだ。
みんなを幸せに導ける王になること、それが僕の夢だよ」
どんな小さな命も。
彼が言った言葉を同じように私は呟く。
本当にこの人はなんて優しい人なんだろう。
一緒にいるだけで心が温かくなる。笑顔になれる。
「その夢、絶対叶うよ」
心からそう思った。
それにしても、私はなんて情けないんだろうか。
姫だから夢がないだなんて。
そんなことを思っていると、それに気づいたのか彼は笑った。
「大丈夫、焦らなくていいよ。君もいつか君が望むお姫様になれるから」
そう言って私の頭を優しく撫でた。
くすぐったい。だけど嬉しい。
ああ。本当に私はあなたが、
「――、大好きよ」
そう思いのままに言って彼の顔を見れば、何故か彼は急に顔を逸らした。
「…不意打ちすぎるよ」
「え?」
「何でもない」
心なしか顔が赤いように見える。
冷えてきたからかな。風邪でも引かないかな、大丈夫かな。
逸らされた視線を合わそうとすると、彼は「ああもう」と声を少し荒げて立ち上がった。
「・・・今日はもう帰るよ」
「?うん」
そして彼は座っている私の手を引いて、立たせてくれた。
手を離すのがなんだか寂しくて、少し自分より背の高い彼を見つめれば彼は言った。
「また、明日もここで」
その言葉に安心して、私は手を離した。
手を振って自分の来た道を歩き出す、とその時。
後ろから彼の声がした。
「―――、いつか、僕が僕のなりたい王になれたら」
その言葉に思わず振り返けば、
「もう一つの夢を、君に聞いてほしい」
真剣な瞳がまっすぐに私を見ていた。

― 夢。


* *  *


「オネット、」
心地の良い沈黙を破ったのは王子だった。
急に名前を呼ばれ私は体を少し起こし、王子を見る。
「何?」
「君は思い出した?僕の名前」
その言葉に私はドキリとして、なんだか罰が悪く俯く。
王子は私との思い出を忘れてしまっていた、
だから私は必死に思い出してもらおうとしていたけれど、
そう。実は私も一つ思い出せないことがあった。
それは王子の名前。
知らないはずがない、何度も呼んだはずの名前。
いつからだったかも分からない、思い出せなくなっていたのだ。
王子も私に思い出して欲しかったのだろうか、教えてはくれなかった。
「ごめんなさい、まだ」
自分でも何て酷いのだろうかと思う。
気分を害しただろうか。そう思って彼の顔をそっと覗き込むと、
傷ついている様子もなく、どうしてか微かに笑っていた。
「・・・王子?」
王子は私の両腕をそっと掴むと、私に告げる。
「もしかしてと思ったんだけど、やっぱり思い出せなかったんだね」
「っ・・・ごめんなさい」
「待って。僕は怒っているわけじゃないよ」
優しく彼は言う。
「教えてあげる、僕の名前。だからどうかもう忘れないで。
僕はナオリオ国の第一王子、イズミ」
イズミ。
私がそう呟けば満足そうにイズミは微笑んで頷いた。
そしてすっと彼の手が私に伸びて、頬に触れた。
「オネット、君が愛しくてたまらないよ」
いつもとは少し違う彼の様子。
だけどその違和感よりも、今の言葉が頭から離れない。
愛しい。胸が熱くなる。
「イズ、」
もう一度その名前を呼ぼうとして、それは遮られた。彼自身の唇によって。
驚いて私は目も閉じることができなかった。
そしてすぐにそれは離れ、彼は言った。
「僕と結婚してほしい。返事は今じゃなくていい・・・明日、この場所で」
体中が熱が帯びたように熱い。目の奥も。
頬を涙が零れ落ちていくのが自分でも分かった。
「はい」
ああ、これは本当に現実?
思わずイズミの胸に縋り付くように飛び込んだ。
涙が、止まらなかった。

→back

スポンサーサイト

Comment - 0

Latest Posts

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。