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2-1 彼女が見つめる先に(3)

 22,2016 20:44



本当に、一日では終わらなかった。
6時を過ぎたところで私は手を止めた。
出来上がった資料は三分の二ほどだろうか。
机にはまだ綴られていないプリントが大量に残っている。
切りの良い所まで、って先生も言っていたし、今日はここまでにしておこう。
そう思ってプリントが混ざらないように気をつけて片付けると、窓から体育館を覗き込んだ。
練習を終えた女子バスケ部員が、コートで片づけをしているのが見えた。
私はコートまで行くと、ボールをタオルで拭いている神戸先生に声をかけた。
「先生、すみません。やっぱり今日一日では…」
「残ったか?いや十分だよ、ありがとう!」
神戸先生は練習で汗をかいているにも関わらず、爽やかな笑顔を浮かべた。
そんな風に言ってもらえたら、頑張った甲斐があるというもの。
「明日は依織も連れてきますね」
そう言うと先生は少し驚いたような、何故か困ったような顔をした。
どうしたんだろう。首をかしげると、先生は焦ったように言った。
「負担じゃなければ、あと残りも宮森にお願いできないかな?
 宮森は…丁寧に作業をしてくれるから。
 その早海は資料作りをするには少し…な」
言葉を濁して、かりかりと頬をかく先生に私は苦笑いをした。
確かに依織は作業が早いけど、大雑把だ。
それに手伝いの内容を知れば「面倒くさい」と言って嫌がりそうなのもまた事実だった。
「分かりました。私でよければ」
神戸先生に頼りにされて悪い気はしなかった。
私は軽くお辞儀をして、体育館の出入り口へと向かった。


体育館はバスケ部の男子と女子で半分ずつ使用されており、
体育館の前側はまだ練習が終わらない男子たちが、コート内を走っている。
歩きながらぼんやりとそれを見ていた私だったが、ある物を見つけて足を止めた。
今ボールをドリブルしている男子生徒の、紺色の体操着に刺繍された名前。
"蛍川"
あの変態男の言葉が頭を過った。
"「受取人は2年C組の蛍川 嘉文」"
彼が蛍川君。
(バスケ部だったんだ・・・)
そう気づいた所で、私はハッとして女子側のコートを振り返る。
そうだ、ここには送り主である水野さんもいるはずだ。
(どこに…)
やがて私の目に男子コートを真剣に見つめている二人の女の子の姿がとまった。
一人はおかっぱの髪をした小柄な女の子。
名前は-…大山と書いてある。
そしてその子の隣にいる、大きな目をした華やかな容姿の女の子。
「・・・見つけた」
体操服に書かれていた名前は、"水野"。
あの子が、手紙の差出人の水野さんだ。
水野さんは両手にギブスを入れたかごを持ちながら、
男子コートを、…おそらくは蛍川君を静かに見つめている。
その真剣な瞳はどこか寂しげで、見ている私も胸がしめつけられる思いがした。
近くにいるのに遠い。きっと彼女はそんな恋をしているに違いない。
そんなことを考えながら水野さんを見つめていた私は、
「…?」
男子コート側から女子側へといきおいよく飛んでいくボールを見つけた。
野球で言うところの悪送球だ。
私は息を呑んだ。
ボールが向かう先には水野さんがいる。
水野さんは、ボールに気づいている様子がない。
(ぶつかる!)
「「―危ない!」」
咄嗟に私は叫んだ。誰かと声が重なった気がしたが、今はそれどころではない。
水野さんはハッとしたように顔を上げた。
もう目の前にまでボールは迫っていた。
水野さんの両手は荷物で塞がっている、-避けられない!
きゃあと水野さんの隣にいた大山さんが叫んだ、-その時。
水野さんとボールの間に滑り込んだ男の子がいた。
その男の子は左手を後ろにいる水野さんを守るようにして広げると、
右手で跳んできたボールを地面にはたき落とした。
ダン、とボールは床に跳ねて別方向へ転がっていった。
「…増岡先輩」
静まり返った体育館。
水野さんは男の子の名前を呼んだ。
しかし増岡先輩と呼ばれた男の子は水野さんの方は振り返らず、
ボールが跳んできた方、おそらく悪いパスをしてしまった子に目を向けると、鋭い声で怒鳴った。
「何処にパスしてんだ!」
切れ長の吊り目、その顔に見覚えは合った。
増岡 秀人君。
一年生の時、同じクラスだった男の子だ。
あまり感情を露わにしない、クールな印象があったけれど…。
こんな風に声を荒げている姿は初めて見る。
「す、すみませんでした!」
一年生らしき小柄な男の子がそう謝ると、
ようやく増岡君は水野さんの方を振り返った。そして、
「お前らも!ぼさっとしてんな!」
更に声を荒げ、怒鳴った。
「なっ…」
自分も怒鳴られると思っていなかったのだろう、
水野さんは目をぱちくりさせた後、ムッとした表情で言った。
「増岡先輩・・・っなんで私達までも怒られるんですか!」
「ぼさっとしていた奴に、ぼさっとするなと言って何が悪い!」
皆が見つめる中、水野さんと増岡くんの喧嘩が始まった。
「あれくらいのボール、反応できないでどうするんだ!」
「両手が!両手が塞がってたんですよ!どうすればいいっていうんですか!」
「持っていたものを離せばいいだけだろ!」
「あんな咄嗟な状況で、いくらなんでも無理です!」
両者一歩も譲らない。
水野さんの横にいる大山さんもどうしていいか分からず、泣きそうになりながらオロオロしている。
修羅場化しているこの状況をどうすべきか皆考えあぐねている中、
一人の男子だけが、苦笑いをしたままため息をついた。
「あ~もうお前らは」
パアンと手を叩く音が体育館に響いた。
「はい、ストップ!言い合いは、そこまでね~」
その音と声に、言い合っていた二人はハッと我に返ったように顔を上げると、声がした方を振り返った。
水野さんは安堵したような表情を浮かべると、その名前を呼んだ。
「蛍川先輩…!」
蛍川君は転がっていたボールを拾うと、人差し指で器用にボールを回転させて笑った。
「増岡、流石に女の子に向かってそんな言い方はないんじゃない?」
飄々とした軽い足取りで、蛍川君は彼らに近づいていく。
「水野さん達は悪くないって。大山さん泣かなくていいよ、大丈夫だから!
 増岡の言いたいことも分かるけど、さっきのはタイミングが悪かったから
 誰も悪くないって。 はい、これでこの話はおしまいおしまい」
蛍川君の登場により、張り詰めていた空気が和らいだ。
増岡君と水野さんの言い合いを見入っていた他の生徒も、
"あとは蛍川に任せよう"といった感じで、それぞれ片付けを再開し始めた。
「ところでさっき~」
「おい、蛍川」
何か言いたげな増岡くんの視線を感じ取りながらも、
それを無視して、蛍川君は何かを探しているかのように辺りを見回した。
何かを、と言うよりかは誰かを探しているように見える。
そしてその目が私の方に向いた。
というか完全に私に向いている。
え、何。
蛍川君は戸惑っている私の方に軽い足取りで近づいてきた。
「さっき、"危ない"って教えてくれたのは君だったよね!ありがとう!」
ああ、なるほど。
さっきのお礼が言いたかったらしい。
「いえ、どういたしまして」
「えーと、確か君は同じ二年生だよね。…え~と」
蛍川君は私の名前を思い出そうと、んーんーと唸っている。
「A組の宮森 藍那です」
「ああ、そうだ宮森さん!
 男子が愛想がよければいいのに勿体ないって騒いでいたあの!
  …ってごめん、そんな不機嫌な顔しないで!」
両手を合わせて「すみませんでしたー!」と言う彼。
どうやら蛍川君はなかなかのお調子者らしい。
「とにかくさっきはありがとね、宮森さん!
 …おい戻るぞ、増岡!いつまでも眉間に皺寄せるなよ」
まだ不機嫌そうな増岡君を連れて蛍川君は男子コートに歩き出す。
水野さんは思い出したように、言った。
「蛍川先輩!あの…ありがとうございました!」
「礼を言う相手が違うと思うけど…どういたしまして♪」
蛍川君は水野さんに微笑むと、増岡君を追ってコートに戻って行った。
「・・・・・・」
明るく朗らかな蛍川君と、堅実そうな増岡君。
仲が良さそうだけれど、随分と間逆のタイプの二人だ。
そんなことを思いながら二人の背中を見ていると、「あの」と声をかけられた。
見れば水野さんが真剣な目で、私のことを見つめていた。
「先輩の友達ですか?」
心配そうな瞳に私が映っている。
私が蛍川君と親しいのではないかと、やきもちを焼いているのだろうか。
「違うよ。会話を聞いていたと思うけど、今が初対面で…」
そう正直なことを言った後、しまったかなと私は思い直す。
彼女はラビットメールの差出人。
どうにかして彼女の心境を探らなくてはいけない。
それなら、それらしいことを言って彼女の興味を引いた方がよかったかもしれない。
本当つくづく私は器用じゃない・・・。
そう思って落ち込んでいると、水野さんはほっとしたような顔で微笑んだ。
「そっかー良かった・・・」
その表情と反応がとても素直で可愛らしく、微笑ましい。
知らない子なのに、初めて今ここで出会った子なのに、応援してあげたいと思った。
「好きなの?」
単刀直入にそう言うと、水野さんは顔を真っ赤にして私を驚いたように見た。
「違います!・・・っいえ、違うのは違うけれど」
しどろもどろになってそう慌てる彼女に私は言った。
「よかったら、お話聞かせてくれない?」


「彼のどこが好きなの?」
体育館裏。
時刻はもう7時近くを回っているが、夏で日が長いためか、辺りはまだ明るい。
手入れがされている花壇を目の前に、
私と水野さんと大山さんの三人はコンクリートの階段に座っていた。
水野さんは私の言葉に、顔を赤らめながら俯いた。
「・・・どこが、と言われると上手く言えないです」
パーマがあてられた髪、ボリュームのあるつけまつげ、バッチリ施された化粧。
はたから見れば、水野さんはギャルの分野に入るだろう。
でもこうして話してみると、とても素直で可愛い女の子だということが分かる。
水野さんの隣では、大山さんが穏やかに相槌を打ちながら話を聞いている。
「一緒に過ごしている内に、いつの間にかただの先輩じゃなくなっていて・・・。
 一つ一つの先輩の動作に、いちいちドキドキしたり、やきもきしている自分がいて」
水野さんはそこで一度区切ると、赤くなり始めた空を見上げた。
「とても幸せだけど、とても苦しくて」
幸せだけど、苦しい。
やはり私と水野さんは似ている恋をしているのかもしれない。
「そっか・・・。告白はしないの?」
「面と向かって気持ちを伝える勇気はありません。
 直接、お前とは付き合えない、好きじゃないなんて言われたら耐えられる自信はないですから。
 …でもこのままではいけないと思って。このままではいられないと思って。
 私、ラビットメールに手紙を出したんです。
 きっとこれは私の人生 -最大の賭けです」
正直、あの手紙だけではここまで悲痛な思いは分からなかった。
ここまで追い込まれているとは思わなかった。
新倉くんが、差出人の方にも探りを入れる必要があると言ったのは、
こういうことだったのかもしれない。
水野さんの話を聞けば聞くほど、手紙を届けてあげたいという気持ちが大きくなっていく。
だから私は言ったんだ。
「手紙、届くといいね」
水野さんは静かに私を見ると、微笑んだ。しかしそれは
「そう、ですね…」
何かに耐えたように、悲しい笑顔だった。
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