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3-4 約束(4)

 05,2016 11:41



僕は光陵第一高校の屋上へと続く階段の下で、大きく息を吐いた。
今、きっと補習は三限目に入った頃だろう。
少し前にチャイムが鳴ってからは廊下はしんと静まり返っていた―しかし。
よく耳を凝らせば、誰かが何か叫んでいるような声が聞こえてくる。
昨日閉じ込められたばかりだというのに、また同じ手に引っかかったらしい。
正直・・・不憫でならない。
階段を少しずつ登っていけば、彼の言っている言葉がだんだんと鮮明になっていく。
「一体誰なんだ!性懲りもなくまた閉じ込めやがって」
大分ご立腹のご様子だった、当たり前だけど。
僕は制服のポケットから鍵をそっと取り出すと、穴に差し込んでドアノブを捻る。
少々建てつけの悪いドアを開けば、目の前に困惑した表情の彼が立っていた。
この暑さの中ずっと叫んでいたためだろう、額には多くの汗が浮かんでいた。
「澪・・・?まさか・・・やっぱり閉じ込めていたのはお前なのか!?」
「そうだよ」
正確には僕ではないけれど、意味合いとしては同じことだ。
それならば肯定しようが否定しようが、どちらでも構わない。
「何でお前がこんなことをするんだ?…まさか、昨日の話をしに来たんじゃないだろうな」
「そうだと言ったら?」
「・・・やってられねぇ、お前には関係ねーだろ」
そう言うと、彼は僕の脇をすり抜けて屋上から出て行こうとした。
「待ちなよ」
反射的に彼の腕を掴むと、反対側の手で屋上の扉を思いきり閉めた。
いきおいに任せて閉めたせいか、バアンと強い音が屋上に響く。
柳坂 明治は驚いて目を丸くしたが、すぐさま鋭い目つきで僕を睨んだ。
「何の真似だよ・・・!」
「君に会うために此処に来たんだ。話ぐらい最後まで聞きなよ」
「もうあれに関して話すことなんか何もねぇよ。ほっとけよ!」
「放っておいて、解決するの?そうは見えないけど」
「・・・っ、いちいちうるさ 「うるさいのは君の方だよ、明冶」・・・ッ」
彼の言葉を強い口調でわざと遮った。
昨日家で話していたことを思い出す。
そうだ、優しい言葉を並べていても駄目なんだ。
彼に今必要なのは"向き合うこと"、ありのままの現実を見て前を向くことなのだから。
僕は右手に持っていた手紙を、無言で彼の前に差し出した。
「何だよ、これ」
怪訝そうに彼は眉間に皺をよせた。
「手紙を預かってきたよ」
「誰から・・・」
「秋乃君だよ」
「・・・!?・・・嘘だ」
彼は、首を激しく横に振った。
「そんなはずない。どうしてお前が秋乃からの手紙を持ってるんだよ」
「それは今はどうでもいい無駄な質問だよ。 とにかく、これは君への手紙なんだ」
そう言って手紙を渡そうとすれば、彼は一歩下がって僕から距離を取った。
視線は手紙に移したまま、彼は言う。
「・・・捨てろ。いらねぇよそんなもん、捨てろよ」
先ほどまで怒っていたのが嘘のように、弱弱しい声だった。
その姿を見て、ああと思う。本当に苦しいのだ、と。
本当に苦しくて苦しくて、どうにもならない思いを抱えているのだと。
「捨てられるわけがない。君はこれを読まなきゃいけない」
「いらねぇって言ってるだろ・・・!」
震えた声でそう言うと、彼は僕の手を跳ね除けた。
その拍子に手紙を落しそうになり、咄嗟に反対の手で掴む。
便箋が一枚しか入っていない、とても薄くて軽い手紙。
しかし、この小さな手紙が彼を救う唯一の手段なのだ。
「・・・事故以来、秋乃君とは連絡を取っていないらしいね?」
「俺がどの面下げてあいつに会いに行けるっていうんだ」
「辛くても会って話さなきゃ。秋乃君がどう思っているか、どうしたいか、
君は秋乃君の気持ちをまだ聞いていないんでしょ?」
「知りたくねぇよ!俺は、聞きたくない」
「・・・ねえ、明冶」
辛いのは分かる。
誰だって親友をあんな風にしてしまったら簡単に立ち直れるはずがない。
だから酷い罪悪感は抱くし、どうしていいか分からなくなる。
自分だけ野球をやれるわけがない、そんな気持ちも分かる。
だけど。
「逃げたら駄目だよ」
「・・・逃げてなんかいない」
「逃げているよ。秋乃君と向き合おうとしない君は、逃げている。
この手紙に何が書かれていると思うの?」
「それは―・・・」
"分からない"とは言わなかった。
もしかしたら、手紙の内容を自分なりに想像していたのかもしれない。
歯を食いしばり、彼は顔を歪めた。
「読まないというのなら、僕が君のために読んであげる」
「っ・・・やめてくれ!!」
彼はそう叫ぶと手紙をひったくり、僕を睨んだ。
荒く息を吐きながら、目を真っ赤にさせながら、彼は怒る-おそらく自分自身に。
「もしも、あいつが野球をすることを諦めていたら!それを受け入れていたとしたら!
俺は一体どうすればいいんだよ!!!・・・・・・一体どうすれば!」
叫び、もがき苦しむ姿はとても痛々しい。
ねえ、もう十分君は反省したよ。
不慮の事故だとしても確かに君は秋乃君に怪我を負わせた。罪は罪だ。
だけどきっと、君は君が思っている以上の罪を背負おうとしているんじゃないかな。
それは間違っている。
そしてやはり― 君は勘違いをしている。
「― 同じ場所にいたいと願っているのは、君だけじゃない」
僕の言葉にはっとして彼は顔を上げ、僕を見つめた。
「確かに彼がまた君と同じ場所に立って野球をするのは簡単なことじゃない。
だけど、秋乃君は諦めてないんだよ」
「諦めていない?嘘だ・・・」
「嘘じゃないよ、必ず秋乃君はまた野球をする」
「どうしてあんな状態でそんなことが言えるんだよ・・・あんな目になって、どうしてだよ?!」
「だってそれは、」
困難な状況でも、秋乃君が諦めていないのは。
「― 君と約束したからでしょう?」
「・・・っ!!!」
「そこに書いてあるのは、慰めでも憐みでもない。
同じ夢を描く明冶への彼の正直な思いだよ」
そこで彼は強く握りしめ、皺だらけになっていた手紙を見た。
自分の名前が書かれているのに気づいて切なげに目を細めると、震える手で手紙の封を開けた。
そしてそこに綴られた文字に目を落とし、彼は目を見開いた。
「・・・・・・ぁ」

― 君には、心底失望した。     
   (俺が野球を諦めるなんて思った?見当違いもいいところ、)
  あの日の約束、忘れたの?    
   (俺はずっとお前と一緒に野球をしていきたいんだよ、明冶)

頬を伝う涙を見て、僕は確信した。
ああ、秋乃君の思いはきちんと届いた。
あとは僕が軽く背中を押してあげるだけでいい。
「ライバルに失望した、なんて言われたままでいいの?」
そう笑っていえば、彼は腕で顔を拭い「そんなわけあるか!」と想像通りに吠えた。
その様子を見て、思わず笑みがこぼれた。
きっと、もう大丈夫。
「・・・忘れてなんかねぇよ。あいつが諦めねぇのに俺が諦めていいはずがない」
―夢を。
そう言うと、彼は歩き出す。
おそらく今から秋乃君の所に行くのだろう。
「・・・・・・」
彼は、親友に一生残る怪我を負わせた罪の意識は抱き続けることになる。
でも、彼らは野球を辞めたりしないだろう。
お互いがお互いを大切に思う限りは、きっと。
「澪」
扉を開く前に彼は僕の方を振り向いた。
「さっきは悪かった、怒鳴って」
笑ってそう呟いた彼 ―明冶に、僕は首を振る。
「ううん。とりあえずお前が、前を向いてくれてよかった」
一瞬明冶は驚いたように目を丸くしたが、すぐに「ありがとな」と言うと屋上から出て行った。
そしてしばらくして、扉がまた開く。
屋上に入ってくるなり、人の良さそうな笑顔を浮かべて僕と同じ顔の彼は言う。
「確かに明冶君は、難しい子だね。この役を引き受けてくれて助かったよ。
きっと僕だったら、彼を立ち直させることはできなかった。ありがとう、―澪」
礼を言われることなんて何もない。
僕はずっと心配だったんだ、明冶のことが。
「ううん」
だから兄貴達が明冶のことを心配してどうにかしようとしてくれていたことが、嬉しかった。
ありがとうと言いたいのは、こっちの方だよ、綾。


◇   ◇   ◇


弟の澪と別れて、僕は一人、光陵第一高校の玄関へと向かう。
最初は澪に一緒に家に帰るか尋ねたものの、
「僕が二人もいたらまずいでしょ」と言われてそれもそうかと納得した。
廊下を歩いている途中で、制服のズボンのポケットにいれていた携帯のバイブが鳴った。
取り出して画面を見てみると、
"藍那"
と彼女の名前が映し出されていた。
昨日の帰りに、もう一度携帯番号を聞いてみたところ、
彼女は嫌そうな顔をしながらも、素直に僕に番号を教えてくれたのだ。
そして今、彼女が僕に電話をかけている。
(嬉しすぎる・・・)
しみじみと囁かな感動に浸っていると、突然着信が途切れた。
「・・・まずい、出れなかった」
自分の馬鹿さ加減に飽き飽きしながら、彼女に電話を掛け直すと不機嫌そうな声が聞こえてきた。
『―・・・何』
うわぁ、第一声がそれって結構辛辣ではありませんか、藍那さん。
だけど電話越しに聞こえる彼女の声に、やはり胸が高鳴っている。
「何って君が僕に電話をかけたから、掛け直しただけだよ」
嬉しさを噛みしめながら、しかし平然を装って僕はそう言った。
『それはそうかもしれないんだけど・・・まぁ、いいわ。
今秋乃の所に、明冶君が来たわ』
「うん、・・・それで?」
『すぐ傍にいたわけじゃないから、全部の会話は聞こえなかったけれど、』
そう言うと藍那、二人の会話の一部を僕に教えてくれた。


「俺は野球からも、お前からも逃げないから。
次の試合、絶対に勝つ。お前のいないチームに負けたりしないから」
「・・・分かった。怪我を治して、俺は必ずお前に追いつくから」
「ああ。絶対に同じ場所に立とう、二人で」


『―和解したみたい。優しい言葉だけが人を救うわけじゃないんだなって・・・考えさせられた。
秋乃が傷つけるために、あの言葉を選んだんじゃないって知って安心もしたし』
「そうだね・・・ところで」
実は昨日から少し気になっていたことがある。
ラビットメールが深刻なものだっただけに、話題には出せないでいたけれど。
「君は、秋乃君と従姉の関係にあるんだよね。
一年ぐらいずっと会ってなかったって言っていたけど、随分と仲がいいね?」
『まあ、幼い頃はよく家族ぐるみで旅行にも行っていたから』
「・・・旅行?今、旅行って言った?」
『うん。っていうか何か急にあなた不機嫌にならなかった?』
僕は心の中でため息をついた。
嫉妬だなんてみっともないとは思うけど、してしまうものはしてしまう。
「そうかな?」
そう言いながら、自分の声のトーンが低くなっていることは自覚していた。
このままだったら、初めての彼女との電話が苦い思い出になってしまう。
『何か、あった?』
珍しく僕に気を遣ってくれた声が優しくて、僕は目を閉じた。
どうしよう、困ったな。君に会いたいよ。
そう心の中で言ったつもりだったのに、気が付かない内に僕は声に出してしまっていたらしい。
『・・・はい?!』
電話越しに彼女の動揺が聞こえて、僕は苦笑いした。
でも、ここまで言ってもきっと君は僕のことは微塵も意識したりしないんだろう。
だって千里のことが好きで好きでたまらないはずだから。
それは僕が君を想うのと同じで。
「とにかく、今回のラビットメールは完了したよ。協力、感謝するよ」
僕はそう言うと、名残惜しい気持ちはあったものの意を決して電話の電源を切った。
最後に彼女が何か言った気がしたけれど、聞き取ることはできなかった。
僕は電話をまたズボンのポケットにしまい、二階から一階への階段を降りる。
とりあえず、もうこれで光陵第一高校にこうして来ることはないだろう。
そう思うと、少し寂しいような、ほっとするような複雑な気分だ。
そんな感慨にふけっていると、向こうから歩いてくる人が見えて僕は足を止めた。
蒼唯ちゃんだった。
そういえば、彼女には些細なことで今回助けられた気がする。
彼女も僕に気が付いたのか、首をかしげて声をかけてきた。
「帰るの?」
「うん、もう補習はいいかなって」
そう言えば、蒼唯ちゃんは可愛らしく微笑んで、"僕"に言った。
「解決したんですね、"綾さん"」
驚いて蒼唯ちゃんを見つめると、彼女は困ったように眉を下げた。
「僕が綾だって、気づいていたの?」
まさかばれていたなんて。
「驚いた、だけど納得したよ。どうしてあんな、絶妙なフォローをしてくれるのかが。
いつから気づいてたの?」
「最初に、綾さんと此処で会った時から」
何時かの会話を思い出す。
以前もこんな風に人に隠し事をしていて、
気づかれていないと思っていたのにばれていたということがあった。
僕は嘘が下手なのだろうか。
そう不安になってきて僕は蒼唯ちゃんに聞いた。
「―他の子も知ってたのかな?」
すると蒼唯ちゃんは優しく首を横に振った。
「いいえ、気づいていたのは私だけだと思います」
「そっか。それなら…」
最初に蒼唯ちゃんに会った時、一言二言、本当に少し話をしただけだ。
だからこそ、不思議でならなかった。
「どうして、蒼唯ちゃんは僕が澪じゃないと気づいたの?」
蒼唯ちゃんは、ふわりと微笑むと少し頬を染めながら僕を見た。
「・・・いつも見ている人の変化には気づくものですよ」
「ああ・・・なるほど」
蒼唯ちゃんにとって澪は特別な存在ということなのだろう。
澪が蒼唯ちゃんに一方的に片思いをしていると思っていたけれど、違ったようだ。
二人の初々しさに羨ましくも、微笑ましくなる。
僕は最後に蒼唯ちゃんに言った。
「もしも、何か澪のことで困ったことがあったら言って。
今度は僕が蒼唯ちゃんを助けてあげるから」
蒼唯ちゃんは、目をぱちくりさせると嬉しそうに「はい」と微笑んだ。

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